クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

追悼ベーレンス 思い出の公演

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1991年10月ミュンヘン バイエルン州立歌劇場 エレクトラ
1996年4月ウィーン ウィーン国立歌劇場 ワルキューレ、神々の黄昏
1997年9月ウィーン ウィーン国立歌劇場 サロメ
1999年5月ミュンヘン プリンツレゲンテン劇場 トリスタンとイゾルデ

 以上が海外で聴いたベーレンスの舞台だ。(国内の来日コンサートは除いている)

「少ない、もっと行っておくべきだった」と後悔もする。
 一方で、彼女はついに日本でオペラの舞台に立つことがなかった。彼女の舞台を見ることを目的として渡欧し、日本にいては決して得られなかった貴重な体験をこれだけ成し遂げられたことに満足もする。

 上の公演はいずれも甲乙付けがたい名演だったが、今日はミュンヘンの「トリスタンとイゾルデ」の公演についてふり返り、偲ぼうと思う。(いずれ、全ての公演についてアップしたいと思う)
 この公演が、私にとってベーレンスと接することが出来た最後の機会だった。


1999年5月28日
指揮 ロリン・マゼール
演出 アウグスト・エヴァーディング
管弦楽 バイエルン放送交響楽団
ジョン・フレデリック・ウェスト(トリスタン)、ヒルデガルド・ベーレンス(イゾルデ)、アラン・タイトス(クルヴェナール)、マティアス・ヘレ(マルケ王)、ハンナ・シュヴァルツ(ブランゲーネ)他


 この公演は、1996年、由緒あるプリンツレゲンテン劇場のリニューアル再開記念公演で上演された物の再演であった。

 この公演を前にして、ベーレンス氏は発表を行った。

「本格舞台公演でイゾルデを歌うのはこれが最後になると思います。」

 このニュースを知った瞬間、私は仕事、その他を全て放り捨ててミュンヘン行きを即決した。現地滞在わずか三日の強行軍だった。

 プリンツレゲンテン劇場は、客席をギリシャ神殿風の柱が取り囲んだたいへん趣のある劇場だ。その内部はバイロイト祝祭劇場を模したとも言われており、まさに祝祭の雰囲気が漂う。

 指揮のマゼールは私は何を隠そう好きではないが、そんなことはどうでもよかった。演出だってどうでもいい。アラン・タイトスやハンナ・シュヴァルツといった脇をがっちり固める名歌手たちも、私にとっては単に添え物。トリスタン役のウェストに至っては「ベーレンス先生の邪魔をするな」とさえ思った(笑)。とにかく、ベーレンスのイゾルデこそが最大の聴き物で、それだけ聴ければいいと思った。

 一音たりとも聴き逃すまいと集中して臨んだ第一幕だったが、肝心のベーレンスの調子がイマイチよくない。精一杯歌っているが、どこか‘引っかからない’感じだった。
 この頃、ベーレンスは「好不調の波が激しい」と音楽雑誌の海外記事に書かれていた。もしこの公演が‘不調’に当たってしまったとしたらとても残念なことである。

 第一幕が終わった。
 休憩時に外に出て談笑したりタバコを吸ったりする人も多く、私も外に出た。「一音たりとも聴き逃すまい」なんて意気込んだものの、実を言うと、時差ぼけのためか、第一幕終盤で眠気が襲ってきたのだ。このため、新鮮な空気を吸い、リフレッシュしようと劇場の周りを散歩することにした。

 ちょうど劇場の裏手あたりで、足が止まった。彼女の歌が聞こえるのだ!

 ベーレンスは休憩中、楽屋(あるいはリハーサル室)で、2幕、3幕の練習をしていた。その音が外に漏れて聞こえてきたのである。
 何度も何度も音程を確認し、発声に調整を加えていた。第1幕の調子がイマイチだったことが彼女自身も分かったのだろう。長大なワーグナーは声に相当に負担を強いるであろうに、貴重な休憩時間で喉を休ませるどころか、より高いレベルに持っていこうと必死に練習しているのであった。

 その真摯な姿勢に震えるほどの感動を覚えた。練習は第2幕が始まる直前まで続き、私はその間ずっと劇場裏手の壁に佇んでいた。

 練習の成果なのか、あるいは単なる私の勝手な思いこみなのか、第2幕以降のベーレンスの調子は改善したように感じた。

 第3幕。イゾルデの「愛と死」のアリア。絶唱。全ての時間が止まり、世界が静まった。私は感激でボロボロだった。もう死んでもいいと思った。

 終演後、楽屋裏に行き、ベーレンスさんを待った。サインをもらうのもそうだが、私はどうしても声を掛けたかったのだ。

 やがて、出演者が一人、また一人と出てきて、待ち受けるファンに対してサインのサービスを始める。マゼールが出てくると、彼はさっと大勢のファンに囲まれた。私は、わりいが、背を向け(『私はあなたのサインは結構です』という意思表示(笑))、ベーレンスさんだけを待った。

 一番最後に出てきたベーレンスさん。いろいろ話しかけたかったが、緊張と語学力不足で「大変素晴らしかったです。感動しました。」とだけしか言えなかった。それでもベーレンスさんは笑顔で応答してくれた。

ありがとう、本当にありがとうベーレンスさん。