クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

飛行機の座席選択

先日、とある航空券の比較・予約サイトを眺めていた。欧州行きについて、漠然と「まだまだ先だけど、行くとしたら次はこの時期かなー。いったいおいくら万円するのかなー。」程度の軽い気持ちによる閲覧だった。

中東情勢の悪化により航空燃料が上昇していることは皆さんご承知のとおり。案の定、どこの航空会社も軒並み高い。
時期にもよるが、以前なら、欧州往復のエコノミーで20万円前後の価格を見つけられることが出来た。今や、日本系や欧州系のフライトはほとんどが30万円以上。中国系や中東系などで20万以下のフライトがないわけではないが、さすがに躊躇してしまう。

そんな中、ワンワールドのアライアンスによる行きブリティッシュ・エアウェイズ(BA)、帰りフィンエアー(Finair)の組み合わせで、23万円(サーチャージ込み)というのを発見。思わず衝動買いしてしまった。
今までなら23万でも少々高い感覚だが、今日の世界情勢を考えれば仕方がない。高額代金の衝動買いはさすがにちょっとビビったが、「これはラッキーなこと」と自分を納得させることにした。


私にとって毎度の航空券予約というのは、これで終わりではない。直ちに取り掛からなければならない重要事項がある。
座席の指定である。

なぜ重要なのか。
片道13~14時間という長丁場を快適に過ごすためのポジション確保が私にとって絶対に必須なのだ。

どの座席が良いのか、好きなのかについては、人によりけりだろう。窓側、通路側、前方、後方、仕切り壁や出入り口の関係で足元に余裕がある席・・・。

私の場合、誰が何と言おうと、通路側(通路に面している席)だ。

切実な問題がある。トイレが近い。食事の際ビールを飲んだりすれば、すぐに行きたくなってしまう。別にアルコールでなくても、機内は乾燥しているため、喉が渇き、水分を摂取したくなる。すると、すぐに生理機能が働く。こうした時、スパッと立ち上がれるのが通路に面した席というわけだ。
別に窓側の席でも、お隣さんに声を掛ければ、ほとんどの人が気持ちよく通してくれるであろう。だがしかし、やっぱり気を使う。ましてや頻繁にとなると、申し訳なく思ってしまい、躊躇してしまう。

人に気兼ねなく立ち上がれるメリットは大きい。トイレだけでなく、体を動かして血行促進させるためにすぐに立ち上がれるのも良い。


一口に通路側の席と言っても、実は2パターンの場所がある。それは窓側ブロックの通路席と、真ん中ブロックの通路席である。
私が常に狙うのは、真ん中ブロックの通路席だ。

具体的に見てみよう。例えば、左の窓側ブロック3席(A、B、C)、中央ブロック4席(D、E、F、G)、右の窓側ブロック3席(H、I、J)という配置だったとする。
この場合、私が座りたいのはDかG。
トイレや所用のため席を立つのは、私だけではない。例えば私がD席に座っていて、「すみません、出たいのですが・・」と声を掛けられて立ち上がる際、その対処の必要があるのはEの人、ほぼ一人だけで済む。(Fの人は、普通ならGの席の方向に出ようとする)
ところが、窓側の通路席C席に座っていると、対処の必要が生じるのはAとBの二人となる。つまり、その分だけ煩わしさが増える、というわけだ。


そんなこんなの飛行機座席選択であるが、近年はほとんどが指定有料になってしまった。
昔は航空会社の予約窓口に電話して、ちょいと座席指定をお願いすれば無料サービスでやってくれた。今はとにかく手数料を取る時代、サービスにお金がかかる時代。ちょっとでも儲けを確保しようと、各社必死の様相だ。

座席指定に必要な手数料は、こちらも会社によってまちまちだが、概ね1万円前後。往復で約2万円が追加で必要になる。今回衝動買いした航空券も、座席指定を加えたため、結局総額で約25万になった。仕方がない。

ちなみに、欧州域内路線(乗継ぎ)は、指定にこだわらない。乗っている時間がそれほど長くないので、必要性が高くない。対処しなければならないのは、あくまでも日本と欧州の往復二区間路線だ。

気を付けなればならないのは、予約したフライトのランクで一番安く、カテゴリーが最も下の席の場合、「そもそも指定不可(有料さえも認めない)」というのがある。これは要注意だ。
その場合、出発直前のチェックイン手続きの段階で座席指定することになるが、その際に希望の席が残っているかどうかは、あくまでも運次第になる。

以前、マイレージによる無料航空券を入手したところ、座席指定不可で、その結果、真ん中に挟まれた席になったことがあった。
その時は、トイレに行く回数を極力減らすため、なるべく水分を摂らないように気を付け、お酒も諦め、めちゃくちゃ大変だった。やはり座席指定、通路側席の確保は、私にとって死活問題というわけだ。

航空券の選択では、価格の安さだけに目が眩むことなく、座席指定の可否を含め、どういう条件なのかを慎重に見極める必要がある。預け荷物、機内持ち込み荷物についても、近年どんどんと条件が厳しくなっている。
とにかく、色々と面倒くさい時代になっているわけだなー。

2026/5/31 ジョイス・ディドナート メゾ・ソプラノリサイタル

2026年5月31日  ジョイス・ディドナート リサイタル  サントリーホール
ジョイス・ディドナート(メゾ・ソプラノ)、クレイグ・テリー(ピアノ)
ハイドン  カンタータ「ナクソス島のアリアンナ」
ロッシーニ  「アルジェのイタリア女」より ひどい運命よ!
サン・サーンス  「サムソンとデリラ」より 私の心はあなたの声に開く
J・A・ハッセ  「マルカントニオとクレオパトラ」より 恐ろしい顔をした死神は
ビゼー  「カルメン」より ハバネラ       他

 

ステージに登場すると、聴衆に向け、「ハッロォー~、東京の皆さん! コンニチワー! 日本に戻ってこれて、本当に幸せですー!」とご挨拶。会場が一瞬にして和む。
歌の合間にも、曲の紹介やこれまでの来日履歴での素晴らしい思い出などを、優しく、本当に嬉しそうに語りかける。もちろん英語だが、ゆっくりと丁寧に話すので、聞き取りやすい。
また、四方の客席から囲まれるステージだが、その全方位に顔を向ける気配りを怠らない。

極上のエンタテインメント。
プログラムが本格的かつクラシックなだけで、やっていることはニューヨークやラスベガスの歌謡ショーと変わらない。お客さんに届けているのは歌であり、真心。リラックスして楽しませようという強い意気込みは、まさにプロのエンタテイナーによるステージそのもの。

歌唱も、もちろん素晴らしい。世界トップ級のメゾ・ソプラノ。彼女の歌を聴けて、心から素敵だと思える。

感心したのは、一曲もピアノ・ソロ曲を置かなかったこと。
つまり、インターミッションによる15分の休憩を除き、出ずっぱりで全曲を歌ったのだ。
これがどんなに凄いことなのかは、他の歌手のリサイタルに行ったことある人なら分かる。
特に、オーケストラ伴奏付きのオペラアリア・リサイタルなんかに行くと、序曲や間奏曲が頻繁に挿入され、「ったく、オーケストラのコンサートを聴きに来たんじゃねえよ」とツッコミを入れたい衝動に駆られる。
私たちは歌が聴きたいのだ。ジョイスはその聴衆の要望に100%応えてくれた。嬉しい。


一通りのプログラムが終了したのは、午後8時20分。当然、これで終わらない。
ここからはアンコール、というか、完全にリサイタル第三部の始まり。アメリカンな作品も加わって、ショーの要素が益々色濃くなる。別にコテコテのクラシックでなくてもいい。ジョイスの歌を聴く、ジョイスのステージを堪能する、それだけでお客さんはみんな大満足、幸せなのだ。


ところで、話は本公演のことではないが、彼女の初来日は2002年の新国立劇場出演。ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」のロジーナ役。
素晴らしかったのは言うまでもなく、今でも印象に残っているが、この時のキャスト陣がこれまた強力だった。
アルマヴィーヴァ伯爵役がアントニーノ・シラグーサ、バルトロ役がブルーノ・プラティコ、フィガロ役がロベルト・デ・カンディア・・・。

昔の新国立劇場は世界的な一流キャストを呼んでたよなー、隔世の感があるよなー、と、改めて溜息。

2026/5/30 札響


2026年5月30日   札幌交響楽団   札幌コンサートホールkitara
指揮  エリアス・グランディ
合唱  札響合唱団、HBC少年少女合唱団ジュニアクラス
ゲルヒルト・ロンベルガー(メゾ・ソプラノ)
マーラー  交響曲第3番

 

札幌コンサートホールkitara、初訪問。「いつか行きたい。行かなくては」と思っていて、ついにやって来た。
「国内屈指」と評判のクラシック専用ホール。V・ゲルギエフは、「世界最高のホール」と褒め称えたとか。それもそのはず、サントリーホール、フィラルモニ・ドゥ・パリ、エルプ・フィルハーモニー(ハンブルク)などを手掛けた音響の世界的スペシャリスト豊田泰久氏が設計。
札響は東京公演を行うため、札響そのものは都内でも聴くことが出来る。しかし、オーケストラというのは、本拠地のホールで聴くのがいい。札響とkitaraの関係、相乗効果は、もしかしたらコンセルトヘボウのオーケストラとホールのそれと同じだと言ったら、いくら何でも褒め過ぎだろうか。

まずはそのホールの感想を。
なるほど、良い響きだと思う。音はこもらずに広がり、音色はクリアで、残響もほどよい。
ただし、サントリーホールを始めとする首都圏の素晴らしいホールで日ごろ鑑賞しているせいか、「驚いた!」というほどでもない。そういう意味で、音響うんぬんではなく、純粋に演奏に集中しながら鑑賞した。


そのE・グランディ&札響のマーラーについて。
グランディの並々ならぬ意欲がひしひしと伝わる、熱いタクトだ。作品をじっくりと研究してきたな、と思わせる自信満々の追求。一方で、「ここだ!」という場面で一気呵成に追い込んでいく直感的な煌めきも見せつける。
オーケストラはそんな指揮者のタクトにグイグイと引っ張られていくわけだが、引っ張られすぎて余裕が枯渇する瞬間が時々垣間見えたのは、仕方がないか。

札響の演奏レベルは、何を基準に置くかによって評価が分かれよう。
札響として、ローカルオケとして、十分に奮闘した、なのか。
それとも、日頃から聴いている名オーケストラの秀演に比べてどうなのか。
要は、聴いた人間が満足出来ればいい。私自身は、決して物足りなかったわけではないが、感動レベルには至らなかったことを正直に告白しておく。

ただし、グランディの指揮によるマーラーは、これからも継続的に取り組んでいくようだ。これからもっと磨きがかけられる可能性は十分に秘めていた。


午後7時少し前に終演。残念ながらカーテンコールを最後まで見届けることなく席を立ち、そのまま空港へ。夜遅くに帰京し、自宅に到着したのは日付が変わった午前0時10分。お疲れさま~。

2026/5/29 札幌(エスコンフィールド)

一泊二日で札幌に出張。
ついこの間、南の宮古島に行ったばかりで、今度は北の札幌。
そういえば、今月始めには京都・奈良にも行ったし、日本列島を飛び回っている。随分とまあ羽振りがいいじゃんか、と言われてしまいそうだが、今年は海外旅行を減らすと決めたので、だとすれば全然余裕。お釣りが来るくらい。

目的は札響のコンサートと、エスコンフィールド北海道での日本ハムファイターズの野球観戦の2つ。

ずっと前から、札幌コンサートホールkitaraにぜひ行ってみたいと思っていた。札幌という場所にありながら、日本屈指の音響を誇るとの評判が轟いていた。
その札幌にもう一つ「行ってみたい」が新たに加わった。メジャーリーグの本拠地を彷彿とさせるボールパーク、エスコンフィールドである。
コンサートと野球観戦、この2つを同時期に満たす日程。特にコンサートにおいては、「良いプログラムで聴きたい」、「できれば札響の首席指揮者によるタクトで聴きたい」という希望条件の下、機会をずーっと伺っていた。その機会がついに巡ってきたというわけだ。


まずはエスコンフィールド。
ちょうど新千歳空港と札幌の間にあるため、飛行機を降りたらそのまま球場へ直行。早くも真夏日を迎えていた東京埼玉から北の大地に足を踏み入れたら、気温は17度。さすがは北海道、涼しい。ていうか寒い。

本日の試合は日本ハムファイターズ対読売ジャイアンツ。始まったばかりのセ・パ交流戦。巨人はほんの数日前に事件があって世間を賑わしたが、いざ試合になれば、もうそんなことは関係ない。

正直に言うと、ファイターズの試合が観たかったわけではなく、ジャイアンツなんか一ミリも好きではなく、ただエスコンフィールドに行ってみたかっただけなので、自分の席に座る前にスタジアム内をぐるっと一周、フラフラお散歩。ゲームが始まっても、まだまだお散歩。そうしているうちに、初回から点が入ってしまった。やべー、見逃した(笑)。

この背景は絶好の記念写真スポットだね。まさにファイターズが誇る二大スターだね。

エスコンフィールド、さすがのスタジアム。フィールドが見やすいし、何よりもオーロラビジョンに映し出されるデータ情報がすごい。球種、球速、回転数、投げた球のストライクゾーンの位置などが表示される。文字情報テロップでは、選手の出身や母校、あるいは特徴なども紹介される。とにかく分かりやすい。さすがは最先端・新世代のスタジアム。

2026/5/27 フランス放送フィル

2026年5月27日  フランス放送フィルハーモニー管弦楽団   サントリーホール
指揮  ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン
藤田真央(ピアノ)
モーツァルト  ピアノ協奏曲第21番
ブルックナー  交響曲第7番

 

演奏の感想の前に・・・
パリに本拠を構えるオーケストラの概況というのは、なんとなくウィーンのそれに似ている気がする。
まず、誰もが認める世界的なオーケストラが一強として君臨し、そのお尻を追いかける幾つかのオーケストラが存在する、という構図である。
この場合において、誰もが認める世界的なオーケストラが何なのかについては、もはや言う必要はないだろう。
で、追いかける幾つかというのが、ウィーンであれば「ウィーン響」「ウィーン放送響」「トーンキュンストラー管」などであり、パリであれば「フランス国立管」「フランス放送フィル」など、といった具合だ。

ただし、実力に関しては、決して侮ってはいけないし、格下扱いの目を向ける必要もない。比較をすれば、それは確かに一強との差というのは存在するかもしれないが、そもそも比較自体が不要。彼らからしてみれば、「その他」扱いはまこと心外であり、「あくまでもパリを代表するオーケストラの一つ」という大いなる自負を持っていることであろう。


実際、モーツァルトとブルックナーで奏でられた音色を聴いて、「ちゃんとオーケストラの音色を持っているな」と感じた。
面白いと思ったのは、パリ管が伝統的に管楽器(特に木管楽器)の音色に個性があるのに対し、このフランス放送フィルは弦楽器の明るくて繊細な音色に魅力を感じたことである。

この明るくて繊細な音色が、ブルックナーの演奏効果に大きく作用した。
響きが厚くても、決して重苦しくならない。陽光の爽やかさが感じられ、水彩画のように洗練されている。これを単純に「フランス的」と言ってしまえばそれまでかもしれないが、ここは一つ、「フランス放送フィルの個性」とみなし、大いに褒め称えようと思う。


指揮者ズヴェーデンも、自らの音楽観を細かく演奏に浸透させ、全方向においてニュアンスを整えていた。
実は以前、彼のブルックナー第8番を聴いたのだが、どうもしっくり来ず、指揮者としての才に首を傾げたことがあった。
そもそも、作品やオーケストラとの相性、ホール、あるいは聴いているこちら側の気分や受け止め方によっても、感じ方は異なる。やはり一回聴いただけで判断するのではなく、色々と聴いて総合的に見つめるのが、演奏家との良い接し方なのだと、改めて思った次第だ。


コンチェルトでソロを務めた藤田真央さん。
感じたのは、ひらめきとパッションで弾いている部分と、緻密に考え、計算し、設計図のとおりに弾いている部分を上手に組み合わせているな、ということ。もっとも、本人がどこまでそれを意識しているのかは分からないけど。

人気抜群のピアニスト。私のお隣りに座った女性も明らかに真央くんのファン。演奏に夢中に聴き入って、思わず身体が揺れてしまうのが、微笑ましくもあり、若干目障りでもあり(笑)。

ソリストアンコールで「マイスタージンガー」からの「朝はバラ色に輝きて」を演奏したのは、「それやるか!?」って感じで、テンション上がった。どうやら本人自身による編曲版らしい。めっちゃ良かった。
聴衆だけでなく、ステージ上のオーケストラ奏者さんたちも、「ワーオ!」って感じで聴き入っていたね。奏者の皆さんまで楽しませてしまうなんて、さすがは真央くんだね。

2026/5/25 クリスティアン&ターニャ・テツラフ デュオ・リサイタル

2026年5月25日  クリスティアン&ターニャ・テツラフ デュオ・リサイタル  浜離宮朝日ホール
クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)、ターニャ・テツラフ(チェロ)
コダーイ  ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
バッハ  無伴奏チェロ組曲第3番、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番
ラヴェル  ヴァイオリンとチェロのためのソナタ

 

ヴァイオリンの名手にしてイケオジ、クリスティアン・テツラフ。彼の演奏は、これまでコンチェルトやリサイタルで何度となく聴いているが、今回妹さんの演奏を初めて聴く。
ターニャさんは元ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンの首席チェロ奏者だったそうだが、私自身のイメージとしては、どちらかというと、テツラフ兄さんと組んでの室内楽奏者であった。

舞台に登場したお姿を見ての、感想。
「あー、こういうお顔、こういう雰囲気の女性、ドイツにいるいる~(笑)」

えー、演奏と関係ないこと言って、すみません・・。
上記のとおり個人的には室内楽奏者の印象で、ソリストのイメージが無かったのだが、バッハの無伴奏の演奏を聴いて、「ソリストとして十分に風格があるな」と思った。
音色には幅や深みがあり、音楽の伸縮を自由に操っている。純粋に、聞き惚れた。

ただし、存在感、唯一無二の個性といった部分では、やはりお兄さんには叶わない。クリスティアンのヴァイオリンを聴いていると、「これぞテツラフ!」と唸らずにはいられない。グッと惹き込まれる吸引力のレベル、グレードが一段上がる。さすがである。

兄妹によるデュオも楽しませてもらった。
個人的には、コダーイが面白かった。ただし、おそらく単純に作品そのものが面白かった部分が大きいとは思う。
コダーイにしてもラヴェルにしても、掛け合いの妙、間やタイミングの取り方、主導権の譲り方、旋律やハーモニーの重ね合わせ方など、コンビとしてデュオとして、一朝一夕ではいかない熟練さがひしひしと伝わってきた。

 

やはり兄妹だからなんですかねえ・・。
そんな風に単純に片付けてしまうのも申し訳ない気がしますけどねえ・・。
俺にも弟いるけどさ、性格違うし、相性も良くないし、デュオなんかやったら一瞬で崩壊するけどな。そもそも「何か一緒にやろう!」と声を掛けても、一言「ヤだよ!」と即答されて終わりだけどな(笑)。
(ちなみに、我が弟くんはクラシック音楽に1ミリも興味ありません)

2026/5/23 東響

2026年5月23日   東京交響楽団   ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮  ロレンツォ・ヴィオッティ
マリーナ・レベカ(ソプラノ)
R・シュトラウス  4つの最後の歌
ラヴェル  ダフニスとクロエ(全曲)

 

L・ヴィオッティの東響音楽監督就任披露演奏会Part 2。先週にそのPart 1を聴き、その後に宮古島に行き、帰ってきてまたヴィオッティの東響を聴く、という流れになった。

まずはシュトラウスの歌曲を歌ったM・レベカについて。
彼女は、2013年のロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ペーザロ)で、その豊かな才能に衝撃を持って魅了された歌手だ。その時「この人はすぐに世界トップ級のソプラノになる!」と息巻きながら睨んだのであった。

あれから13年・・・。
確かにそのとおり、世界の一流歌劇場に出演する躍進を果たしている。
だが、「世界のトップ級ソプラノか?」と言われると、そう確信するには至らない。
何よりも、彼女を聴くのがペーザロ以来の13年ぶり、自分もかなり頻繁に海外に出向いているのに、その間まったく聴く機会に当たらなかったという事実が、自分としては物足りないと言わざるをえない。

そして今回の公演。あろうことか、安チケットを買ってしまったため、舞台の後ろ側の席。
声は向こう側に飛んでいく。音は空間に浮かび漂うが、輪郭は終始ぼやけたまま。しかも、歌っている表情はまったく見えない・・。

あーあ、やれやれ(笑)。
レベカさん、またいつかどこかの劇場でお会いしましょう! どうかその機会が訪れますように。


さて、ヴィオッティのラヴェル。
ベートーヴェン、マーラー、R・シュトラウスときて、その次にラヴェルを持ってきたその真意、期するものは何だろう。
お父さんはイタリア出身の有名な指揮者だが、お母さんはフランス人で、出身はフランス語圏のローザンヌ。リヨンで学んだという経歴もあり、やはりラヴェルなどのフランス作品に対しては特別な共感があるに違いない。

で、暗譜ときた。
すげー。ダフクロ全曲を暗譜かよ。確固たる自信を見せつけてきやがった。
(ちなみに、前半のシュトラウスも暗譜だった)

音楽の作り方、タクトの振り方も、なかなか興味深い。
合唱が入る場面では筆を用いるかのようにソフトなタッチで光のイメージを創出する一方、オーケストラのみの場面では今度はペンを用いて明晰さを創出。
ふと思い出したのは、フランスの古典主義を体現した想像的風景画の大家、クロード・ロランの絵。
確かな写実性がありながらも、自然光の柔らかさやぼんやりとした叙情的な雰囲気が額の中に収まっている、あの感じ。情景を鮮やかに印象付けるような演奏であった。

合唱の扱い方も絶妙だ。オーケストラと見事に溶け込んでいる。そこらへんは、歌劇場で培った経験が物を言っているのだろうか。

これまでにオランダ国立歌劇場の首席指揮者を務め、更に2028年からはチューリッヒ歌劇場のGMDにも就任することが決まっているヴィオッティ。
こちらとしては、「ぜひぜひ、コンサート形式上演でオペラ作品を!」と期待してしまうが、就任披露の記者会見では、「当面、やる予定なし」と話したとさ。あれま。
ただし、「オラトリオのような合唱付作品は採り上げていきたい」とのこと。とりあえず、9月のシュミット作「7つの封印の書」を大いに期待しましょうかね。