クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

1997/9/13 ウィーン国立 トリスタンとイゾルデ

1997年9月13日   ウィーン国立歌劇場
ワーグナー  トリスタンとイゾルデ
指揮  ズービン・メータ
演出  アウグスト・エヴァーディング
ジョン・フレデリック・ウェスト(トリスタン)、ガブリエレ・シュナウト(イゾルデ)、ペーター・ローゼ(マルケ王)、ファルク・シュトルックマン(クルヴェナール)、マリヤーナ・リポヴシェク(ブランゲーネ)、ゴットフリート・ホルニック(メロート)    他


ベーレンスの「サロメ」を観るためにウィーンにやって来たわけだが、別にベーレンスの「イゾルデ」でも良かったんだよね。何なら連日で両方歌ってくれても良かったんだよね。

おっと、もちろんそんな無茶なこと、出来るわけがない。冗談さ。

この頃、ベーレンス、シュナウト、それからポラスキの3人が、最高のドラマチック・ソプラノとしてしのぎを削り、世界で大活躍していた。

だが、歌唱の特性は、三者三様。

シュナウトの声は非常に硬質で、金属的な輝き、眩さが持ち味だ。威力も半端なく、分厚いオーケストラの響きをいとも簡単に突き抜けるほど。ウルトラマンが放つスペシウム光線みたいな感じかな(笑)。
この日のイゾルデも、パワー全開で圧倒的だった。

シュトルックマンのクルヴェナールを聴けたのは、個人的にとても嬉しかった。
私が初めてシュトルックマンという歌手を知ったのは、ちょうどこの2年前くらい。
1994年バイロイト音楽祭の「トリスタンとイゾルデ」上演を収録した映像(バレンボイム指揮、H・ミュラー演出)がテレビ放映され、それを観て、シュトルックマンの堂々としたクルヴェナールに感銘を受けたのだ。
ファルク・シュトルックマン・・・知らなかったけど、この歌手いいじゃないか!! その名をしかと覚えておこう。

そうやってマークしていたところ、ウィーンで聴けることとなった。しかもクルヴェナール。「やったー!」というわけ。
まさかその後、アンフォルタス、ヴォータン、ザックスなどのワーグナー諸役で不動の地位を築くほどまでに成長するとは思わなかったが。

トリスタンのJ・F・ウェスト。
シーズン・ラインナップが発表された時のトリスタン役の歌手から替わっていた。後から知ったのだが、その歌手は交通事故で死亡してしまい、代役でウェストが起用されたとのことだ。(名前は忘れた。サルバトーレ・リチートラじゃないからね)

私は彼が出演したオペラ公演をこれまでに4回聴いている。
なんと、全部「トリスタンとイゾルデ」である。
日本でも、2000年ベルリン・フィルの「ザルツブルクイースター音楽祭」来日公演、2001年バイエルン州立歌劇場来日公演で、トリスタンを歌っている。
つまり、ウェストと言えば「トリスタン」。トリスタン役で一世を風靡し、世界のあちこちで歌い、いわばスペシャリストというわけだ。
(御本人からすれば、「いやいや、それだけでメシ食ってたわけじゃないぜ」とおっしゃるかもしれないが)
トリスタンの上演にあたり、ウェストは貴重な“資源”として大いなる需要があったわけだが、要するに「他にいなかった」という深刻なヘルデンテノール不足の事情は、正直あったわけだよなー。


エヴァーディングの舞台は、1986年のウィーン国立歌劇場来日公演で披露された「トリスタンとイゾルデ」と同じ物だ。
私はこの頃まだオペラに関心がなかったため、来日公演に行っていない。(この時のトリスタン役には、しっかりとルネ・コロ様が入っていたっけ。)
特に第一幕の舞台が印象的で、よく覚えている。マストや帆によって形作られた写実的な船上の装置がとてもいい雰囲気で、すぐに物語に没頭することができた。
対照的に、第三幕は舞台上にほとんど何もない簡素な装置だったが、荒涼さを表現すると同時に、観客を音楽と歌唱に集中させて、作品を見事に完結させていたと思う。


それにしても、今あらためて思うのは、この頃のウィーンは、まだ脚本に忠実なオーソドックス演出がしっかりと基本になっていたなあ、ということ。
この時に観た4本「ドン・カルロ」「トリスタンとイゾルデ」「サロメ」「エフゲニー・オネーギン」は、いずれもオーソドックス演出だった。
時代は新たな局面を迎えつつあり、バイロイト音楽祭を始めとして、実験的要素を採り入れた読み替え演出が徐々に幅を利かせるようになっていた。
しかし、伝統を重んじるウィーンは、かなり頑な姿勢を保っていたと思う。
今でもウィーンは、どちらかと言えば保守的だ。観光客=初心者が売上げを支えている部分が少なくないからというのもあるのだろう。
それでも、徐々に少しずつ、そうした潮流を受け入れている。


最後に、メータについて。
この日の公演は、彼に捧げられていた。ウィーン国立歌劇場名誉会員の称号が授与され、その記念公演と銘打たれていたのだ。
だからというわけではないが、気合が漲った、力強い、推進力のある演奏だった。まるで、極太の筆に墨をたっぷり含ませて書き上げた達人の「書」のような出来栄えだったと記憶する。

終演後、ステージ上で即席の授与式が行われた。海外の劇場でこうしたシーンにお目にかかるのは珍しく、貴重な機会だったと思う。
メータはここで答礼のスピーチを披露したが、ドイツ語だったので、もちろん何を言ったのかは不明。
もっとも、こういう場で話す内容なんて、アカデミー・アワードと同様、ありきたりのはずだが。

f:id:sanji0513:20200916193922j:plain