2022年2月27日 東京フィルハーモニー交響楽団 オーチャードホール
指揮 井上道義
大井浩明(ピアノ)
エルガー 序曲「南の国にて」
クセナキス ピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」
ショスタコーヴィチ 交響曲第1番
2024年末での引退を発表した井上さん。もうこれからは好きなようにやる、やりたいものだけをやる、と決意したかどうかは知らないが、いかにも井上さんらしい多彩で面白いプログラムだった。それは、本来なら単に「彼らしく意欲的な」と言われるだけで済んだプログラム選定だった。
ところが、ちょうどこのタイミングで、ロシアのウクライナ侵攻という事態が発生。
すると、途端に否が応でもクセナキスやショスタコーヴィチが当時直面した「体制への抵抗」という一面がクローズアップされる。
果たして井上さんは何を思っただろう。そうした複雑で困難な情勢に思いを馳せながらタクトを振ったのであろうか。
もちろん無関心でいられるわけがない。戦争というのは、地球上のすべての人が直視しなければならない現実だ。
だからこそ、あえて一言を添えながらアンコール曲を追加したのだろう。
だが、この日の本プログラム演奏の中に、そうした重苦しい悲壮感、絶望感を捉えることはなかった。少なくとも、私にはそのように聴こえた。私が知っているいつもの井上さんらしいタクトであり、アプローチだったように思う。
本来なら、そうした悲壮感絶望感の中にあえて自分の身を置くべきだったのかもしれない。
だが、結果的にそうならなかったし、そういう雰囲気の演奏でもなかったことに、何を隠そうちょっとホッとしたことを、正直に告白しておく。
ウクライナの現状を憂い、思いを馳せることは重要。
一方で、そうした中でもいつもの日常生活を過ごし、自分の大切なひとときを確保することも重要。
音楽はきっと平和を訴えるための希望の手段になり得る。そう信じて。