2018年2月8日 ハンブルク州立歌劇場
アルバン・ベルク ルル
指揮 ケント・ナガノ
演出 クリストフ・マルターラー
ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)
バーバラ・ハンニガン(ルル)、アンゲラ・デノケ(ゲシュヴィッツ伯爵令嬢)、ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー(シェーン博士、ジャック)、ペーター・ロダール(画家)、マティアス・クリンク(アルヴァ)、セルゲイ・レイフェルクス(シゴルヒ) 他
バーバラ・ハンニガンという歌手をご存じか。
カナダ出身。指揮者としても活動する異才のソプラノ歌手。多分、まだ日本には来たことがないはず。
そんなわけだから、彼女のルルをかねてから聴きたいと思っていた。
実際聴いてみると、現代音楽が得意だというのがよく分かる。声質も音程も実にシャープで、曖昧さとは無縁。いかにも難しそうな音取りが安定しているのだ。彼女が歌うと、無調なのにそこに調和がもたらされる、とでも言おうか。
それにしても、このプロダクションはすごい。ハンニガンの独壇場である。彼女のために制作されたといっても過言ではないのではないか。
音楽性もさることながら、「それでよく歌えるなあ・・」と呆れるくらいに動き回り、走り回り、あり得ないポーズを取る。まるで体操選手。実際、組体操のように体を担がれ、逆さ釣りのような状態になりながら、普通にけろりと歌う。
他のプライドの高い歌手なら、「わたくし、こんな酷い演出ではとても歌えませんざます!」と怒ってキャンセルし、そのまま帰国してしまうだろう。
なのに、息を切らすどころか、上記のとおり音程がまったく乱れない。
むしろ、演技や振り付けなんか、自ら積極的に演出サイドに提案しているのではあるまいか。より難しい歌い方をあえて選択し、挑戦しているかのように見える。アンビリーバブルの一言だ。
サプライズはそれだけではなかった。
ルル未完の第三幕では、オーケストラ奏者がピットから立ち去ってしまって、「あらら?・・」と目がテン。どうするのかと思っていたら、二台のアップライトピアノを伴奏にしながら、ベルクが残したスケッチを基に展開。
すると、再びオーケストラがピットに入ってきて、今度はいったい何を奏でるのかと思ったら、なんとベルクのヴァイオリン協奏曲!
独奏は、それまで舞台上で脚本にない役を得て、演奏と演技の両方を行っていたソロヴァイオリン奏者、ヴェロニカ・エーベルレ。
びっくり仰天、開いた口が塞がらないとはこのことだ。なんという着想だろうか!
おそらく、指揮者ナガノの意見が投影されたのは間違いないだろう。
ヴァイオリン協奏曲のサブタイトル「ある天使の思い出に」の「天使」と「ルル」を引っ掛けたのは、誰が見ても明白だ。
なるほど、確かにゲシュヴィッツにとってルルとはそういう存在だったのだ。
実際、ゲシュヴィッツは刃物で刺され、意識が朦朧とする中でルルのことを語り、歌い、彼女の息が止まってこの物語は終わりを告げるのだから。
さすがはナガノ。
ゲシュヴィッツを歌ったデノケは大好きな歌手。昨年12月のウィーンの同演目では他の出演役を食ってしまうくらいの存在感だったが、このプロダクションでは完全にルルの引立て役に回った。
ま、考えてみれば、それが「ルル」本来のあるべき姿かもしれないが・・。