クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2018/1/13 キエフ・オペラ

2018年1月13日   キエフ・オペラ(ウクライナ国立歌劇場)   オーチャードホール
指揮  ミコラ・ジャジー
オクサナ・クラマレヴァ(トゥーランドット)、セルヒィ・パシューク(カラフ)、リリア・フレヴツォヴァ(リュー)、セルゲイ・マゲラ(ティムール)   他
 
 
クラシックの世界でウクライナといえば、ホロヴィッツ、ギレリス、リヒテルといった偉大なピアニストを産んだ国である。
オペラ歌手で私が知っているのは、グレギーナ、モナスティルスカの二人。あ、ヴィクトリア・ルキアネッツもそうだっけ。
まあいずれにしても、それなりのクラシック芸術の伝統を持ち合わせた国の一つと言っていいだろう。
本当はキエフ・オペラの来日公演にあたり、劇場としても自信満々に披露できるプロダクションの一つや二つくらいきっとあったに違いない。
だが、招聘する側の日本に、残念ながらそうした劇場側の意欲的な提案を聞く耳は持ち合わせていない。
 
かくして、「また今回も」トゥーランドット。なぜこれしかやらない??と思うが、悲しいかな、これが現実だ。
 
今回の公演を鑑賞しての全体的な印象。
プッチーニの音楽はきちんと作って、聞かせた感じだ。
これは、ソリストも合唱も演技が少なく、整列してほとんど棒立ちで歌うことで、「舞台装置付き、衣装付きのコンサート形式上演」になったことが、結果としてプラスに出た効果ゆえだろう。特に合唱が統制が取れていて、いい響きだった。そりゃそうだ。なんたってコンサート形式上演なんだから。
 
それにしても、出演者をほぼ棒立ちにさせる演出、これで本当にいいのだろうか。はっきり言うが、この程度の演出でいいのなら、オレでも出来る。だったらオレにやらせろ、ってなもんだ。
ちなみに、配布されるキャスト表には演出家の名前が紹介されない。これもまたいつものキエフ・オペラ来日公演のパターン。
 
歌手では、トゥーランドットのクラマレヴァは普通。カラフのパシュークは中音域はまあまあいいが、高音が苦しい。第二幕の「Ti voglio tutta ardente d'amor!」は、当然のごとくハイCを回避した。
あえて高音に上げるアクートについては賛否両論、意見が別れるが、私はこの場面では断然ハイC派。
このハイCがあるからこそ、「嫌じゃ嫌じゃ。異国の者に抱かれるのは嫌じゃ。」と駄々をこねる姫様を完全に黙らせることが出来るのだ。
 
良かったのはリューのフレヴツォヴァ。
ていうかねえ。リューが良いのは、何と言ってもおいしい役だからねえ。歌唱における本当の意味で良かったのかはわからん。
まあ、オペラ芸術というのは、感情移入してストーリーに入り込んでいく要素は大事なわけで。フレヴォツォヴァの歌で、哀れなリューに涙することができたのなら、それはバッチリ成功なんだろうな。