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2012/11/8 ルプー リサイタル

2012年11月8日   ラドゥ・ルプー ピアノリサイタル   東京オペラシティホール
シューベルト  16のドイツ舞曲、即興曲集、ピアノソナタ第21番
 
 
 これまでにルプーの生公演に行ったのはたったの1回。前回は1987年10月、N響定期公演のコンチェルトだった。
 自分が行ったコンサートのデータベースで調べて判明したことだが、このN響公演のわずか2日後が、先日もブログ記事に書いたグルベローヴァの初鑑賞公演だった。びっくり!
 グルベローヴァは、その後何度も鑑賞する機会が得られたのに対し、ルプーはタイミングが合わず、それ以来、つまり25年ぶりである。四半世紀!これまたびっくり!
 
この時のN響公演の概要は以下のとおり。
指揮  ミルティアディス・カルディス
スカルコッタス  弦楽合奏のための5つのギリシャ舞曲
シチェドリン  弦楽器と打楽器のためのカルメン組曲から
ブラームス  ピアノ協奏曲第1番
 
 定期演奏会においてプログラムのメインがコンチェルトというのは、当然、迎えるソロ奏者自体が公演の目玉となり、その奏者に実力と知名度の両方が兼ね備わっているということ。つまり、25年前からルプーは大物だったということだ。私だって、こんな訳の分からん前半曲にもかかわらず公演に足を運んだのは、完全にルプー目当てだったのは間違いない。
 
 なにせ25年前のことなのでこの時の記憶はかなり曖昧だが、なんとなく「堅い、固い」という印象だったように思う。また、あたかもベネディッティ・ミケランジェリのように崇高でただならぬ雰囲気を醸し出していて、「近寄りがたい」、「遠くの高みにいる」演奏家というイメージをその時に持ったことも覚えている。
 
 
 さて、久しぶりの今回のリサイタルで感じたことを書いてみると、語り口は「誇張がなく、どこまでもナチュラル」である。タッチにしても強弱にしても、ことさら強調を施すことがなく、素朴で、音楽があたかも滔々と進んでいるように見受ける。
 だが、目をつぶって聴覚だけで集中すると、「ああ、これはルプー独自の美感、ロマンチシズムだな」と感じる音が散見出来た。
 
 これはもう、天才芸術家の「悟りの境地」なのだろう。多くの人から「仙人のような」と評されるのは、風貌だけの問題ではなさそうだ。
 
 ただし、一つだけ言わせていただくと、以上のようなルプーの神髄を理解するためには、‘必要以上’に耳を澄ませないと難しそうだということ。遠くの高みにいる演奏家であることは、25年経っても変わっていない。
 個人的には、ポリーニブレンデル、あるいは昨年のちょうど今頃にサントリーホールで聞いた内田光子のような、曲の構成感がしっかりしていて、方向性に揺るぎがない演奏の方が好き。
 結局、最後は好みの問題で片付けてしまって申し訳ないが、近寄りがたいのだからどうしようもない。あまり来日もしてくれないしね。