2021年6月20日 読売日本交響楽団 東京芸術劇場
指揮 セバスティアン・ヴァイグレ
反田恭平(ピアノ)
ワーグナー タンホイザー序曲
シューマン ピアノ協奏曲
チャイコフスキー 交響曲第5番
いくら契約順守、あるいは首席指揮者の責務とはいえ、過酷な2週間待機隔離を受け入れ、来日してくれるのは、本当に頭が下がる思い。申し訳ないくらいである。
ただ、ヴァイグレの公演は、前回来日時と同様、複数のプログラムを振ることになっていて、滞在期間も長い。これなら本人も納得というところだろうか。
先日の東響のノット、N響のヤルヴィは、それぞれ2公演のみだった。これは辛い。公演の予定というのは随分と前から決まっていることなので、フレキシブルに対応できず、仕方ないかもしれないが、もうちょっと何とかしてあげられなかったのかな、と思う。
今回私が足を運んだのは、ちょっとライトなファン向け名曲コンサートっぽい趣き。
まあ、こういうコンサートもたまにはいいでしょう。
会場はほぼ満員。どうやらソリスト目当てのピアノファンが多く駆け付けた模様。
そういうコンサートもまた、たまにはいいでしょう(笑)。
ヴァイグレの音楽については、一つ新たな発見をした。
作品の中に演奏上のピークを見つけ、ベクトルを作り、そこに向かって推進していく。そういう音楽作りをしている、ということだった。さらっと流すところと、一気に畳み掛けるところのメリハリがはっきりしている。タンホイザーにおいても、チャイ5においても、そんな感じだった。
演奏はとても洗練されていて、スタイリッシュ、スポーティ。颯爽としてカッコイイのだ。
一方で、ドイツっぽい重厚さ、ロシアっぽいローカルさは、あまり滲み出てこない。
これは多分、ヴァイグレがというより、読響のスタイルのせいではないだろうか。
良いか悪いか、好きか嫌いかは、それぞれの感じ方次第だろう。
えー、人気ピアニストによるコンチェルトですが・・。
すみません、ウトウトしてました。ごめんなさい。
休憩中、そのピアノコンチェルトについて、お若い女性が「この曲、彼に合わない。絶対に選曲ミスよね!」と、お連れさんに鼻息荒く語っているのを、横で耳にしてしまった。
大きなお世話かもしれないが、たぶんそれは「曲が彼に合わない」のではなく、「単にあなたが勝手にイメージしているものと合ってない」だけなんじゃないか、と邪推してしまった。
もっとオープンに懐を広げて聴いてあげればいいのに、と思ったのだが・・・おっとすみません、ウトウトしていた人間が偉そうなことは言えませんな(笑)。