音楽の都・ウィーンと、音楽祭のメッカ・ザルツブルク。オーストリアでクラシックを聞くなら通常はこの2都市を押さえておけばオッケーであるが、さらに突っ込んで極めてみたい方は是非グラーツへ。ここオーストリア第2の都市には、格式のある立派な歌劇場がある。伝統的様式で装飾された馬蹄形の美しい劇場。ホワイエにはもちろんベームの彫像が。
さて、今回グラーツを訪れたのは、とにかく大好きなムツェンスク郡マクベス夫人をやっていたから。っていうか、グラーツに行きたかったというより、ムツェンスク郡マクベス夫人を観たかったのでグラーツに行ったというのが正しい。もっと言うと、この公演があったからGW旅行が決まったようなもの。あとの残りは、オマケ、ね(笑)。(ウソです)
しかもプロダクションはなんとウィーン国立歌劇場の物である。レンタル公演だ。プレミエは2009年10月。キリル・ペトレンコ指揮(※その後降板となってI・メッツマッハーが担当)アンゲラ・デノケ主演のプレミエ公演は、‘タコ’好きの私にとってはヨダレたらたら、大いにそそられるものであり、当時ウィーンに行きたくて仕方がなかった。結局行けなくて地団駄を踏んだのだが、ここで思いがけずに観るチャンスがやってきた。まさに狂喜乱舞である。
2011年5月4日 グラーツ歌劇場
指揮 ヨハネス・フリッツシュ
演出 マティアス・ハルトマン
ムラーダ・フドレイ(カテリーナ)、ヘルベルト・リッペルト(セルゲイ)、ミハイル・リショフ(ボリス)、タイラン・メミョーグル(ジノヴィ)、マルガレータ・クロブチャール(アクシーニャ) 他
殺人、暴力、不倫、強姦、社会の退廃とその風刺など、三面記事ネタ満載の問題作で、演出はやろうと思えばいくらでも膨張してやりたい放題出来ると思うのだが、意外にもオーソドックス。舞台前方プロンプターボックスのあたりに横たわった(横倒しにされた?)スターリンらしき彫像が置いてあるが、かといって共産党独裁政治を揶揄するでもなく、物語の背景や進行に影を及ぼしているわけでもない。こちとら相当の過激さを期待していたので、そういう意味ではやや拍子抜け。まあ観客の約7割を占めていた保守的富裕層の熟年夫婦さんたちにとっては血圧が上がらなくて良かったかもしれない。
ウィーンのプレミエの際、あまりセンセーショナルな評判が聞こえてこなくて、「あれ?どうだったのだろう?」と首をかしげたのだが、なるほどそういうことかと思った。
大熱演だったのは主役カテリーナを演じたムラーダ・フドレイ。彼女の迫真の演技と渾身の歌唱なくしてこの上演は語れない。こんなに凄みのある歌手だったっけ??もしかしたら彼女のキャリアにおけるターニングポイント、飛躍のきっかけになるのではないだろうか。もっとも、ここはグラーツ。名声を世界中に轟かせるにはやや辺境か。それにヴェルディやワーグナーの諸役ならいざしらず、カテリーナだもんなー・・・。
もう一人のビッグネーム、ヘルベルト・リッペルトは、頑張っていたがややインパクトが弱い。厳しい言い方をすれば、セルゲイ役に合っているとは言い難い。この人、顔が優しいんだよね。悪役に不向き。難しいロシア語をこなしていたことについては拍手。