2024年1月27日 藤原歌劇団 東京文化会館
グノー ファウスト
指揮 阿部加奈子
演出 ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
バレエ NNIバレエアンサンブル
村上敏明(ファウスト)、砂川涼子(マルグリート)、アレッシオ・カッチャマーニ(メフィストフェレス)、岡昭宏(ヴァランタン)、向野由美子(シーベル) 他
全曲上演の中にバレエ音楽をきちんと挿入し、文字通りバレエを行った「ファウスト」を初めて観た。
初めてと言っても、元々ファウストの鑑賞回数が多くないのだが、それを抜きにしても、ファウストに限らず、オペラの中に入っているバレエをきちんと上演することが、近年は珍しい。どこの劇場でも、予算節約や上演時間の省略化のため、カットするパターンが結構多いからだ。
「ファウスト」のバレエ音楽(組曲)はとても良い曲だと思うが、なぜかオーケストラ・コンサートでもあまり演奏されない。そういうことで、とても貴重だったし、良かった。
指揮の阿部さんは、フランスやオランダを拠点に置いて活躍している、いわゆる海外組の指揮者。彼女のタクトによる演奏を聴くのも初めてだったが、こちらについてもとても良かった。
作品全体をきちんと掌握し、どこを取っても緩みがなく、旋律を引き立て、歌唱を盛り上げながら、作品の魅力を余すところなく表出させていた。
話はちょっと変わるけど、このお方はX(旧ツイッター)にて頻繁に呟いているのだが、これが中々面白い。
指揮者として音楽的に真面目に思うこと考えることだけでなく、世界のあちこちを駆け回る忙しさと奮闘ぶり、向こうのアーティストや関係者とのやり取りやエピソードなど、色々と垣間見えて、楽しい。
更に、時折繰り出してくる関西人気質、おばちゃん気質の洒脱さが、とにかく最高。
わたくし、思わずフォロワーになってしまいました。是非、これからも益々のご健勝を。
歌手について。
マルグリート役の砂川さんが、清らかで思い入れたっぷりの歌唱で、とても印象的だった。
役についてしっかりと研究したと見られ、フランス語にも違和感がなく、言葉と演技の乖離も見られない。
砂川さんは、来月中旬には、今度はオッフェンバックの「美しきエレーヌ」の主役として出演する。(東京芸術劇場コンサート・オペラ)こちらもフランス語。立て続けに2本の役をこなすのは、準備がかなり大変だったのでは。さすがプロ。
海外から招聘されたカッチャマーニは、がっちりと手堅い安定の歌唱。もう少しメフィストフェレスらしいドス黒さが欲しかったような気もするが、まあ大きなことではない。
さてさて、タイトルロールの村上敏明さん。
残念ながら、絶不調。高音にかけてとにかく荒れに荒れ、伸びないわ、ひっくり返るわの大惨事。聴いていてヒヤヒヤなだけでなく、気の毒で、見ていていたたまれなくなった。
何でこんなことになってしまったのだろう。
歌手の場合、身体が楽器なので、不調になることは当然あろう。やむを得ない部分はあり、そこはきちんと理解してあげたい。
問題は、声が出ないことは誰が見ても明らかで、言うまでもなく本人が一番自覚しているはずなのに、最後まで通したことだ。
あれだけダメなら、急遽カバーに代わってもらうという措置があっても良かったはず。
もしくは、場内アナウンスでエクスキューズするという手もある。
幕明けの直前に上演監督が出てきて、「不調ですが、本人は『最後まで頑張る』と言っているので、どうか寛大に見守ってほしい」とマイクで発表すれば、聴衆の見方だって変わり、多くの人が受け入れてくれただろう。
なぜ、それをしなかったのか。
カーテンコールでは、当然のことながら、彼に対しての拍手は微妙。
一つ「よく頑張った!」のブラヴォーが飛び、続いて「冗談じゃねえよ」の厳しいブーイングが容赦なく飛んだ。
本人の真意は計り知れないが、私は、上演の質をキープさせるために、素晴らしい上演を望んでいるお客さんのために、潔く出演辞退とカバーへの変更を受け入れるべきだったと思う。
(本当は、当初発表のファウスト役は、藤原の看板テノール笛田博昭さんだったんだよな・・。こっちは笛田さんのファウストを聴きたかったんだよな。そもそも変わるんじゃねえよ。)