クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

映画「エクソシスト」

2週間前くらいにNHK-BSで放映され、「ヒマな時に観よう」と録画しておいた映画「エクソシスト」、観ました。

1974年に日本で公開され、瞬く間に一大オカルトブームを巻き起こしたヒット作。
当時、まだ小学生だった私は、さすがに映画館に観に行くことは叶わなかったが、テレビでも大きな話題になっていたし、実際に観に行った友達から話を聞いたこともあって、どんなに怖い映画なのかは、理解していた。
私が実際に観たのは、おそらくその数年後のテレビ放映だったが、テレビでも十分に怖くて怖くて、夢に出るくらい、夜中にトイレに行けないくらいの戦慄体験だったと記憶している。

オカルトという映画ジャンルは、それ以前にもきっとあったと思うが、おそらく「エクソシスト前」と「エクソシスト後」とで分岐点になるだろう。それくらい映画史にインパクトを与えた注目作だ。


私自身は、オカルト映画は決して好きじゃない。まあ観ないと言っていい。
特撮技術は年々向上し、観客や視聴者を恐怖のどん底に陥れようとする狙いと効果は凄まじい。嫌じゃ嫌じゃ、心臓に悪い、誰が観るかそんなもの。

だが、エクソシストに関して言えば、単なるお化けや殺人といったオカルトではなく、キリスト教と邪悪な異教との対立というのがベースにあり、ある意味、キリスト教の宗教的観念の理解の一助になり得る。今ならそうした視点で楽しめるのではないかと思った。
ならば数十年ぶりに観てみよう、エクソシスト


映画を観終えた感想として、子供の頃に憶えた怖さはまったく感じなかった。
まあそりゃそうだわな。
それでも、悪魔に取り憑かれた少女の首が後ろ側に反転するシーンなんかは、当時の特撮技術としてはよく出来ている。CGを使ってないのだからね。

案の定やはりというか、「悪魔イコール邪悪な異教」というキリスト教観を絶対的真とした排他構図が気になった。中世の十字軍遠征から脈々と継がれ、イスラム教=テロリストを育む教義という見立てとまったく同じなのだ。
50年前の制作だから許されたことで、もしかしたら今だったら相当に問題視されるかもしれない。


ところで、私は本作の監督ウィリアム・フリードキンが演出したオペラを鑑賞したことがある。
2006年11月、バイエルン州立歌劇場。演目はR・シュトラウスサロメ」(ダブルビルでリーム作曲「Das Gehege(檻)」)。

もちろん、この演出家があのエクソシストを監督したフリードキンだということはすぐに分かったので、「これは面白そうだ。何としても観なければ!」とミュンヘンまで飛んでいったのであった。
あたかもブラックホールに吸い込まれるような奥行きを大きく取った大掛かりな舞台装置やオブジェで、閉塞した心理描写を舞台空間に見事に投影し、非常に強いインパクトを残したものだった。この時タイトルロールのサロメを歌ったアンゲラ・デノケは、私が知る彼女のベスト歌唱で、そういう意味でも忘れがたい舞台である。

2022/5/8 N響 オーチャード定期

2022年5月8日  NHK交響楽団   オーチャードホール
指揮  マレク・ヤノフスキ
ベートーヴェン  エグモント序曲、交響曲第1番、第5番


私もいい歳になり、気が付けば徐々に年下の指揮者が活躍するようになった。指揮者とはオーケストラの統率者であり、絶対的な王、かつ天上の作曲家と交信することが許された司祭。尊崇の対象であり、それゆえに年季が入って、風格も求められる。必然的に相応の年齢になる。
かつての巨匠たちは実に神々しかった。

最近の若い指揮者は軽い。チョー軽い。

SNSを駆使し、呟いたり、動画や写真をアップして、やたらと親近感を撒き散らす。そういう時代なのだと理解しつつも、違和感は拭えない。
親近感なんかいらねえ。アイドルじゃないんだから。ファンに媚びるんじゃねえ。
携帯で遊んでいるヒマがあったら、スコアの研究してろ。作品とだけ向き合ってろ。


ヤノフスキは、携帯電話を持っていないそうだ。もしかしたら、SNSの意味さえも知らないかもしれん。

いやー最高だな。指揮者なんて、それでいいんだよ。頑固一徹の爺。
ヤノフスキは、そうした職人気質を感じさせる数少ない巨匠の一人と言っていいだろう。

そんなヤノフスキのベートーヴェンである。悪いわけがないじゃないか。
引き締まった響き。テンポは柔軟性を備え、重厚という感じではないが、峻厳さを湛え、揺るぎない。タクトの動きは無駄がなく機敏。聴こえてくるのは「ザ・ベートーヴェン」。

いやー最高だな。聴衆はそういう音楽を求めているのだ。

我々だって好みはある。お気に入りの演奏もある。
でもそれ以上に、有無を言わせぬ説得力に圧倒されたいのだ。カリスマにひれ伏したいのだ。
それが出来るのは一握りの選ばれし者。
ヤノフスキは、そうした資格を持つ数少ない巨匠の一人と言っていいだろう。

ゴールデンウィークを健やかに過ごす

ゴールデンウィークは基本ヒマだ。
以前は海外に行く格好の機会だったが、今はまだちょっと難しい。国内の主要なコンサートもお休みとなり、やるにしてもお子様向けファミリーコンサートが中心。この時期のクラシック名物行事だったラ・フォル・ジュルネも終わってしまった。
制限が解除されているということで、各観光地は賑わっているようだが、混雑している時期と場所にわざわざ行きたいという気もさらさらない。

というわけなので、ヒマ。
でも、私はこうしたヒマもまた大好きなのだ。

ヒマというのは、あくまでも「出掛ける用事が無い」という意味。別に出掛けなくても、自宅で十分に楽しい余暇を見つけることが出来る。過ごす時間なんかいくらでも作れる。「退屈だな」と感じることはない。
仮に「退屈」だとしても、「そうした時間をグダグダと過ごすのも、これまた楽し」。むしろ最高の贅沢とさえ思う。

そもそも「仕事をしなくて良い」というだけで、気分が開放される。何かと大変な仕事から離れ、仕事のことをまったく考えずに過ごすのは、心身を整える最高のリフレッシュだ。


今回のゴールデンウィークは2日(月)と6日(金)が平日で、我が社もそのカレンダーどおりであった。だが、年休を有効活用させ、こうした日に休みを取れば、まさに文字どおりのゴールデンウィークになる。
なので、私は職場で上司の立場として部下に言った。

「休暇にしていいよ。遠慮しなくていいよ。どんどん休んで!」

ところが、何人かの部下はこう答えたのであった。
「いや、別に用事ないんで、大丈夫です。」
「そんなにたくさん休むと、仕事忘れちゃうんで、いいです。」

あーそうですかい。
「別に用事なくたっていいじゃんかよ」、「心配しなくても、休暇が明ければすぐに仕事モードに戻るよ」などと内心思ったが・・・まあとにかく人それぞれだしな。

ということで、「あっそ。じゃ、悪ぃけど、それならオレ休むよ」と言い、私自身2日(月)は半日休、6日(金)は一日休にし、9.5日の休暇を設けたのであった。
いやー、お休み最高(笑)。

 

昨日、またまたZOZOマリンスタジアムに行ってしまった。
行くと決めたのは、その前日だ。もちろん佐々木朗希投手目当てだが、今回は日本最高投手の一人、ソフトバンク千賀投手との投げ合いである。
こんな見応えのある試合は無いではないか。千載一遇のチャンスというのは、このことだ。

私は前回のロッテ戦に誘ってくれた友人Sクンに、今度は私の方から誘いの声掛けをした。

オレ「おい、今度は千賀投手との投げ合いだぜ! また行こうよ!」
友人「うーん、ちょっと難しいな」
オレ「何だよ、用事かい?」
友人「いや。フツーに仕事だし」
オレ「オレだって前回コンサートがあったのに、キミの誘いに乗ってコンサートぶっ飛ばしたんだぜ? 今度はキミの番だぜ?」
友人「いやいや、仕事はぶっ飛ばせないよ(笑)」

あーそうですかい。
ということであっさり断られ、仕方がないので一人で行きました・・・。
あたしゃコンサートやオペラも含め、自分の関心行事に出掛けるにあたって、一人で行くことに対しまったくの躊躇、抵抗感が無いのである。

そういや前回訪れた時は、ゲームを観るだけでなく、友人との会話やビール飲みにも忙しくて写真を撮ることさえ忘れていたが、今回はばっちり収めました。


好ゲーム。見応えあり。
千賀投手のストレートも相当に速く、150キロ後半を出すが、この日の最速は160キロ。
うわっ出た!
これ、やっぱ佐々木投手との投げ合い効果だよな。

あー、ゴールデンウィークの至福のひととき。

モスクワの思い出

戦争によって、ロシアは果てしなく遠い国になってしまった。仮にコロナが落ち着き、いずれそのうち海外に行けるようになったとしても、この国に行くのは困難だろう。戦争が終結したとしても、勃発前の状態に戻るのになお数年かかるかもしれないし、もしかしたら、もう元に戻らないかもしれない。
心理的にも難しい。簡単に「よし、じゃ行こうか」という気になれない。我々が当然の権利として手にしている「自由」がいとも簡単に制限される国、隣国に侵攻して罪なき民間人を殺す独裁国家ということが、今回はっきり分かってしまったのだ。そんな国に、ノコノコと観光に出掛けるわけにはいかない。

残念だ。ロシアには行きたかった。本当に。
これまでオペラを観るために世界で約100の劇場を訪れ回って来たが、いくつか主要な劇場が欠け落ちている。
中でも「サンクト・ペテルブルク・マリインスキー劇場」は、その筆頭格。この劇場を訪れていないのは、オペラマニアを自認する私にとって、痛恨。「いつかそのうち」と夢見、何度か具体的な計画も企てたが、機会を逃した。

サンクト・ペテルブルクは、美術鑑賞愛好家にとっても憧れの都市である。世界「5大」とも「7大」とも言われる美術館「エルミタージュ」。仮にオペラがなくても、この美術館だけを目的に訪問したいくらいだ。

以前ヘルシンキを訪れた時のこと。中央駅構内の発車時刻案内パネルを見上げ、そこに行き先「サンクト・ペテルブルク」という表示を見つけて、「うわっ、ここから直行電車が出ているのかー!」と驚き、ため息を付いたことがある。
後で調べて、「観光ビザを取得するのなら、日本よりもヘルシンキの方が迅速かつ安い」ということを知った。「なるほど、そういう手もあるな」と思ったのだった。


行きたかったロシア。そのうち行けるような気がしたロシア。
と言いつつ、実は何を隠そう私は「足を踏み入れた」ことがある。
ただし、ビザを取っての正規入国ではない。

1990年11月、若造だった私は一人でウィーン旅行に出掛けた。この時、海外旅行はまだまだ駆け出しの4回目。
その2年前に親友Oくんと初めて観光で訪れたウィーンだが、この時音楽鑑賞は無し。オペラ、コンサートを目的とした初めてのウィーン旅行。その往復フライトで、私はアエロフロートソビエト国営航空を利用した。

アエロフロートにした理由は、ただ一つ。「安いから」である。
ていうか、それ以外にこの航空会社を利用するメリットは何もない。

当然モスクワ経由となるが、当時ウィーンへの同日接続便はなく、モスクワでの一泊が必要だった。宿泊代はちゃんと飛行機代に含まれていて、ホテルも航空会社が用意する。翌日便乗り換えの旅行者はモスクワ・シェレメーチエヴォ空港で係員の指示に従い、あたかも囚人の移送のようにバスに乗せられ、空港近くのホテルに連れて行かれるのであった。

このシェレメーチエヴォ空港で、ホテル移動のため待機している我々日本人に、一人のロシア人中年女性が声をかけ回っていた。何者なのかは不明。ロシア語訛りの英語で聞き取りにくいが、「モスクワ・シティ・ツアー」と言っている。
無視を決め込み、取り合わない人も多い中、勧誘に興味を抱いた数人が彼女から詳細を聞き出そうとしていた。たまたまだったが、私もその輪に加わっていた。

彼女の話はこうだった。
「1、2時間程度の市内観光バスツアー。宿泊ホテルから出発。ビザ不要。料金2千円。自分が同行し、案内します。」

どうです皆さん、あなたなら参加します??
「ビザ不要」と言っているが、本当にいいのか。ちゃんと当局の許可を得ているの? ヤバくない?

ところが、この怪しい申し出に乗った人が周りの中から4人、5人と現れた。そして、かくいう私も「大丈夫か?」よりも「面白そう」という好奇心の方が上回り、「自分だけじゃなく他にも何人かいるから、ま、いいか」とあっさり乗ってしまったのである。2千円なら、仮に騙されたとしてもそんなに痛くない、という打算もあった。
また、ルーブル払いでなくドル払いでもなく、「2千円」という円払いで良かったのも、気軽で警戒が緩んだ一因だろう。

これ、おそらく外貨稼ぎを目的とした手配師による闇ツアーだったと思う。だが、ツアーそのものはちゃんと催行された。参加者は数人だったので、用意されたのはバスではなく、ワゴン車だった。
市内の観光名所をいくつか巡り、その中にはボリショイ劇場(外観のみ)もあり、「ソ連マクドナルド第一号店」なんて笑っちゃうのもあり、最後に観光のハイライトとして、有名な「赤の広場」に降り立つ。レーニン廟があって、永久保存のため防腐処置の上安置された亡骸を見ることが出来た。

このツアー、時間帯としては「夜」。飛行機のモスクワ到着時間がそもそも夕方なのだから仕方がないとはいえ、観光、見学という面ではイマイチである。暗くて、写真も全然撮れなかった。赤の広場で参加者みんなで記念写真を撮ったが、当時の私のカメラは性能が悪く、出来上がった写真はピンボケのひどいものだった。
それから、とにかく寒かった。たぶん気温はマイナス5度を更に下回っていただろう。


そんな短時間の未知の国探検ツアーではあったが、30年以上前の旧ソ連(※)のモスクワは、私に強烈な印象を残した。
(※この翌年にソ連は崩壊し、ロシアになる。)

まず、街が暗い。めちゃくちゃ暗い。首都ですよ。なのに暗い。
なぜ暗いかというと、街を鮮やかに照らす電飾ネオンサインや広告看板がほとんど見当たらないから。さすが社会主義国家のソ連。もし当時のロシア人がラスベガス行ったら、きっと眩しくて目を開けられないだろう。

次に、市街を走行している車がボロい。本当に揃いも揃って皆ボロい。さすが崩壊寸前、経済どん底ソ連

トランジット用の滞在ホテルでの食事もひどいものだった。
着席のテーブルは一方的に決められ、ひたすら待たされ、メニューなんて無く、出された物を食べる。しかも不味い。
空港では、入国管理官に正々堂々、寄付金を要求された。「ドネーション」と言っていたが、ウソつけ、それ賄賂だろ? それに「タバコが欲しい」ともせがまれた。いずれも言っている言葉が分からないふりをして、シカトした。

でもおかげで、こうしたエピソード一つ一つが強烈な印象を残してくれた。ソ連の実態、鉄のカーテンの向こう側を垣間見ることが出来、逆の意味で良い思い出なのである。

下の写真は、ツアー参加者にみやげとして配られた写真カード(赤の広場)と、ツアー申込みで2千円払って受け取った参加証。(領収証か?)一応、記念品というわけだ。

 

2022/4/23 日本フィル

2022年4月23日   日本フィルハーモニー交響楽団   ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮  ピエタリ・インキネン
シベリウス  交響詩エン・サガ
ベートーヴェン  交響曲第2番、第4番


インキネンが振る日本フィルをこれまで何度となく聴いているが、残念なことに「これだ!」という決定打の演奏に巡り会っていない。どれも非常に洗練されていて、よくまとまっているのだが、「ガツン!」というインパクトが無い。
なので、彼がバイロイトの新リングを振るというニュースを聞いた時、思わず「インキネンかよ・・」とこぼしてしまったくらいだ。

そんなインキネンが、日本フィルとベートーヴェン交響曲チクルスを進行させている。日本フィル首席指揮者の任期を来年までとし、その集大成にしようという目論見が透けて見える。
ならば聴いてみよう、インキネンのベートーヴェン

ちなみに、私がこうしたベートーヴェン交響曲チクルスの鑑賞に臨むにあたり、常に注目するのは、誰もが認める有名な奇数番号作品ではなく、偶数番号作品だ。これらは大抵のコンサートで、メインで演奏されるエロイカ、5番、7番などの前プロ、前菜として置かれる曲である。
こんなこと言っちゃなんだが、奇数番号交響曲は誰が振っても良い演奏になる。名演必然なのだ。なぜなら曲が超名作だから。
そういう意味において、この日の「2番、4番」というプログラムは、人によっては地味かもしれないが、私には殊のほか魅力的に映る。

さて、そのインキネンのベートーヴェンであるが、とっても良かったのである。最初に「決定打に出会っていない」と述べたが、もしかしたら「ついに決定打に出会った」かもしれない。

何が良かったかというと、仕掛けが非常に積極的かつ効果的だったのだ。王道のように構えてオーケストラに雄弁に語らせるのではなく、指揮者があの手この手を繰り出して細工する。テンポは目まぐるしく変容し、旋律の浮かび上がらせ方、響きの厚さまでも巧みに調節する。その結果、リズムは躍動し、音形は快活となって流れていく。

なんだよ、いいじゃないかよ、インキネン!
こういう演奏をシベリウスチクルスでもやってほしかったぜ。
(もっともシベリウスベートーヴェンじゃ、作品の音楽性が全然違うわけで、それを言っちゃお終いだけどな。)

インキネン、今年から始まるバイロイトリング、がんばってねー。評判がよかったら、来年以降、コロナが落ち着いてから行くよ~。

2022/4/22 都響

2022年4月22日   東京都交響楽団   東京文化会館
指揮  大野和士
藤田真央(ピアノ)
シルヴェストロフ  ウクライナへの祈り
シューマン  ピアノ協奏曲
R・シュトラウス  英雄の生涯


藤田真央クンの人気はすごい。大入りのお客さんのうち、確実に真央クン目当てが何割かいる。
私の目の前の列に座っていた3人のお客さんが、コンチェルト終了後の休憩中に姿を消し、空席になった。視界を遮る前の人の頭がなくなり、大変ありがたかったが・・・。

人気の程はともかく、彼のピアノは間違いなく一級品だ。圧倒的なダイナミズムを構築するタイプではないが、時おり演奏の中で見せるセンスが「ピカッ」「キラッ」と輝き、その光沢が実に眩い。この日のシューマンでも、特に第1楽章のカデンツァにおいて、研ぎ澄まされた感性に彩られていた。

ただし、全体としてちょっと不思議な印象に囚われた。
安定の支えでソロを際立たせるはずの大野さんのリードが、ソロの演奏と乖離しているように感じたのである。
大野さんはオーケストラから瑞々しく精緻なアンサンブルを導き出し、それはそれで実に音楽的だった。仮にソロがなくても、オーケストラ演奏だけで十分に楽しめるくらいにまとめ上げていた。

だが、如何せんソロと融合していない。
方向性が違っていたのか、あるいは方向は同じだったが、飛んでいる位置が違っていたのか。


メインの「英雄の生涯」を聴いて、またまた考え込んでしまった。
音楽の仕上げ方がシューマンと一緒だったのだ。つまり、各パートの緊密なアンサンブルを築き上げ、これらが有機的に結び付き、極めて精度の高い音楽を完成させたのである。

ということは、コンチェルトであろうがなかろうが、オーケストラを指揮する基本スタンスがそういうことなのだろうか。
いや、でも・・・。
これまでにも大野さんの指揮で何十回となくコンチェルトを聴いているが、そんな風に思ったことはないよな・・・。うーむ。

まあいいや。とにかく英雄の生涯は(「も」か)、精巧な演奏だった。

この作品はシュトラウスの中でも最高峰の管弦楽技法が用いられており、オーケストラの勝負曲の一つ。外来オケの来日公演でも頻繁に演奏されており、いかにも外来オケらしい雄大で盤石で豊穣な響きに圧倒されることもしばしばだ。

大野さんのアプローチは、こうしたやり方とは一線を画している。
精巧さと緻密さで勝負。

ん? 待てよ。
もしかして・・・ワールドカップの対ドイツ戦、これ、勝利のためのヒント、カギにならないか??
なるほど~、そうか! 見つけたぞ(笑)。

ただ・・監督が・・・。

キミは佐々木朗希を見たか!?

友人「今度の日曜日、ヒマ?」
オレ「いや、いつものとおりコンサートが入ってるけど。」
友人「そっか・・。じゃ、仕方ないな。」
オレ「なにさ? 何の誘いよ?」
友人「いやさ、佐々木朗希、観に行きたいなと思ってさ。ロッテ戦。」
オレ「え?? マジ? 行くの?」
友人「じゃ、別のヤツ誘うとするか・・・」
オレ「ちょっ・・ちょっと待った・・・うーーーん・・・行く。」
友人「いいのかよ。コンサートあるんだろ?」
オレ「うーーん、佐々木朗希の方が見てぇ・・・」

こうして、4月17日、私は東京・春・音楽祭の「トゥーランドット」公演をブッ飛ばし、友人と千葉幕張ZOZOマリンスタジアムに駆けつけた。
トゥーランドットはそのうち観られる(来年、二期会あるし)。
だが、前週に完全試合を達成した佐々木朗希を、今、見逃す手はない。(と言いつつ、佐々木朗希の試合だって、観られる機会は今後いくらでもありそうだったが・・)


私は埼玉県人なので、基本、西武ライオンズファンであるが、贔屓のチームを越え、今シーズンは日本球界を代表する3人のエースに注目していた。
オリックスの山本由伸投手、ソフトバンクの千賀投手、そして千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手だ。

この3人の登板日は、今のところ録画も駆使しながら、全試合の中継をチェックしている。
個人的に最も注目していたのは山本由伸。シーズンの開幕投手に指名された彼を見るため、開幕戦のスタジアムに足を運んだ。評判のとおり、圧巻だった。まったく打たれる感じがしない、桁外れのバケモノ投手。山本由こそが日本最高のピッチャー。「超一流」、「絶対的エース」の称号は彼の物となって不動である。

ところがなんと、畏れ多くもその玉座の位を狙おうと名乗りを上げた一人の若武者が現れた。
高校時代から既にその名を轟かせていた逸材。ドラフト4球団の競合の末にロッテが獲得し、大切に育てられ、3年目の今年、ついに天才がベールを脱いだのだ。

160kmを超える速球は、まさに弓から放たれた矢となって風を切る。生で見ると、「ズドーン」というより、「ビュッ」という感じ。その「ビュッ」の音が本当に聴こえてくるかのよう。

まさか二試合続けてパーフェクトに抑えるとは・・・。
満員のお客さんは、牛若丸の快刀乱麻に酔いしれている。声を上げての応援は禁じられているのに、三振のたび「うぉー!」というどよめきがスタジアムにこだまする。

前例のない連続完全試合かと思いきや、8回でまさかの降板。驚いたが、シロウトファンには分からないベンチの事情や方針、本人のコンディション問題などがあったのだろう。

ちょうど雨が降ってきたこともあり、我々は試合を最後まで見届けることなく、球場を後にした。ロッテファンではないし、佐々木のピッチングが見られたのだから、これで十分。その目的は達したわけだが、周りを見ると、決して少なくないロッテファン(レプリカユニを着ている)もゾロゾロと引き揚げていく。
思いは同じだったらしい。
ただ、決定的に違うのは、彼らには「スーパースターを目の当たりにする」のと「愛するチームを応援する」が重なっていること。
これは羨ましいね。

そうそう。そうやってメジャーに行くまでの間、その楽しみを謳歌してください。