2009年9月18日 バルバラ・フリットリ ソプラノリサイタル 東京オペラシティーホール
バルバラ・フリットリ(ソプラノ)
指揮 ジュリアン・レイノルズ
管弦楽 東京シティフィルハーモニック管弦楽団
モーツァルト レチタティーヴォ「私は予感していた」とアリア「ああ、おまえは私の視線を避ける」
モーツァルト レチタティーヴォ「哀れな者よ、おお夢よ目覚めよ」とアリア「まわりにそよぐ微風」
モーツァルト イドメネオよりエレットラのレチタティーヴォ「心が乱れる」とアリア「オレステとアイアスの苦しみを」
ヴェルディ アイーダより「勝ちて帰れ」
ヴェルディ ドンカルロより「世の虚しさを知る神よ」
ヴェルディ オテロより「アヴェ・マリア」
レオンカヴァッロ 道化師より「矢のように大空に放たれて飛ぶ」 他
奮発して高い席を買ったため、オペラグラス使用の必要がない良席。
演奏を聴く前から、ブログには「いや~、耳と目の保養になりましたっ!」なんて書こうと密かに思っていたが、演奏を聴いてすぐに「そんな冗談など言ってられない」と感じた。
フリットリの作品に対する取り組みが非常にまじめで真摯であり、これは聴いているこちら側も、あたかも正座をするかのように襟を正さなければならないと思った。
ちょっと襟を正しすぎて体が固くなってしまい、肩が凝ってしまって、最後には拍手をするのも大変なくらいだったが、それくらいしっかり対峙し向き合わなければいけないと思った。
先週に聴いたヴェルディのレクイエムの感想でも書いたが、彼女は偉大な作曲家に身も心も捧げる忠実な僕であり神の使徒である。もちろんフリットリという芸術家の素晴らしさに感嘆させられるが、それ以上にモーツァルトやヴェルディの偉大さに想いを馳せてしまう、そうさせる力が彼女の歌声にある。
いきなりアンコールに話を飛ばしてしまうが、一曲目トスカの「歌に生き愛に生き」も、二曲目アドリアナ・ルクヴルールの「私は創造の神の卑しい僕です」も、芸術(と愛)に自分の人生を捧げているという内容のアリアだ。フリットリのポリシーと態度はこのアンコールの選曲を取ってみても実に明白である。
そして一曲目、気がついた人もいると思うが、歌いながら一すじの涙がこぼれていた。いきなりでビックリし、最初は目にゴミでも入ったのか、とか、満員の観客に感極まったのか、とか思ったが、きっとモーツァルトの素晴らしい音楽に歌いながらビビッときてしまったのだろう。まったく何という芸術家であろうか!
歌い終わって涙を手で拭きながら、「あら、私ったらイヤだわ、ごめんなさいね」とはにかみ、微笑んだその表情がこれまた美しすぎる。
フリットリという素晴らしい歌手と同世代に生き、彼女の芸術を今もこれからも聴き続けられるのはとても幸せだ。「世界最高の歌姫」の称号をみんなで彼女に捧げましょう。