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2018/10/20 E・グルベローヴァ リサイタル

2018年10月20日   エディタ・グルベローヴァ ソプラノリサイタル   大宮ソニックシティ大ホール
指揮  ペーター・ヴァレントヴィッチ
J・シュトラウス  ワルツ「春の声」
ロッシーニ  セヴィリアの理髪師より「今の歌声は」
ヴェルディ  椿姫より「不思議だわ・・花から花へ」
ベッリーニ  ベアトリーチェ・テンダより最後のシーン
トマ  ハムレットより「オフィーリア狂乱の場」       他
 
 
稀代の芸術家の最終章に立ち会った。そこで聴いたのは、究極の至芸だった。
語弊を承知であえて言うと、それは、もうこれ以上進化することはない、行き着く所まで行ってしまった完成品だった。
その完成品は唯一無二。タイトルを付けるなら「グルベローヴァ」。それしかありえない。形容したり、象徴したりしてタイトル用に飾る言葉は、もはや見つからない。
つまり、彼女の歌唱は、誰も到達できない、誰も真似できない孤高の物となってしまったのだ。
ジーナを歌ってもそれはロジーナではなく、ヴィオレッタを歌ってもそれはヴィオレッタではない。
グルベローヴァ」なのである。
 
彼女が最終的に到達した所は、おそらく、一般的なソプラノ歌唱の秀逸的な最高、頂点かというと、違う。
もし、頂点を目指して着実にステップを踏もうとしている他の歌姫が、今のグルベローヴァのような歌い方をしたら、きっと言下に否定され、支持されないだろう。
 
グルベローヴァにそれが許されるのは、彼女の歌唱は、長年の芸術的偉業を経て、加齢による肉体的な衰えや内面とのアンバランスに直面しながらも、ひたすら音楽に向き合い、人生のすべてを音楽と舞台に捧げてきた生き様そのものだからだ。
 
我々聴衆は、そこに感銘を受ける。グルベローヴァが捧げた芸術人生に尊崇の念を抱く。
そういう偉大なアーティストに巡り会えた幸せに、私はひたすら感謝する。
 
 
「もうこれが最後なのかな。過去にも『最後かな?』と思ったことがあったけど、本当に本当にこれが最後かな。」
プログラムのラスト、オフィーリア狂乱の場を聴き終えて、拍手を送りながら感傷的になっていた時、アンコールで蝶々夫人第一幕の登場場面が流れた瞬間、私の涙腺は決壊した。
 
日本を愛してくれた偉大な芸術家が、最後のお別れの挨拶として、日本人が大切にしている作品の一節を歌ってくれた。これは本当に嬉しかった。