クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

吹奏楽コンクール 西関東大会

ふと昔を思い出し、懐かしさに焦がれて、吹奏楽コンクールの大会に出掛けた。
西関東吹奏楽コンクール、高校生の部。埼玉県、群馬県山梨県新潟県、それぞれの県予選を勝ち抜いた高校が集った大会。ここを突破すると、いよいよ次は全国大会。生徒たちは、青春のすべてをかけ、これに挑む。9月3日(日)、会場は埼玉県の所沢市民文化センター「ミューズ」。


私も、かつてブラスバンド部に所属していた。
小学4年でトランペットを始め、中学、高校と、毎年コンクールに出場した。個人の実力においても、団体のレベルにおいても、その差は如何ともし難く、毎年あっけなく県予選で散ったが、それでも間違いなく断言できる。あの時、自分だって吹奏楽に夢中だったし、青春のすべてをかけて練習した。意欲と熱量だけなら、決して優秀な団体の連中に負けていなかった。
もっとも、それだけに、「どんなに努力しても、そこに才能という壁が立ち塞がる」という事実を知った時は、愕然としたっけな・・。


ステージに登場してくる高校生たち。若い。「まだ子供じゃないか」と呟きながら、彼らを見つめる。自分はもう、彼らの親世代よりも上なのだ。
圧倒的に女子が多い。8割を越えているだろう。自分たちの時代との差。
生徒たちの鼓動がはっきりと聞こえる。ドキドキ緊張と、嬉しさと、晴れがましさと、「よし、やってやるぞ」の意欲が混合した表情が、何とも初々しく、そして清々しい。

だが、次に、私は驚嘆のため息をつく。
ハープ、コントラファゴットコントラバスクラリネットといった特殊な高価楽器が普通に持ち運ばれ、ステージを華やかに飾る。それも、1校、2校ではないのだ。
高校生の部活で、これらが備わっているのか・・・。
これを高校生が吹く(弾く)のか・・・。

そうだった。ここは関東大会だった。どの校も、ハイレベルの精鋭楽団。
特に、私立高校の場合、潤沢な資金が注がれていることが一目瞭然。高価な楽器は、「最高の演奏をするため」というより、「勝つため」の必需品となのだろう。


演奏の音を聴いて、再び驚嘆する。
う・ま・い!!!
どの校もめちゃくちゃ上手い。なんというハイレベル。「まだ子供じゃないか」の生徒たちが奏でる極めの演奏。見た目との激しいギャップ。

曲の中に出てくるソロとかを聴くと、当たり前だが、「あ、やっぱり自分が普段聴いているプロのレベルとは違う」とはっきり分かる。
(時々、「あ、あなた、もうそのまんま音楽大学行けるよ」という才能の子もいたりする。)

でも、それが合奏になると、アンサンブルが緻密になり、高性能になって、美麗かつ繊細に音楽が輝きだす。
この音を作るために、この響きを作るために、彼らは恐ろしいほどの時間をかけて日々練習し、厳しい指導に耐えてきた。その鍛錬の過程が、手に取るように分かる。


面白いもので、個々の演奏を単一として聴くと「うめー!!」しか出てこないのだが、各校の演奏を連続して聴いていくと、どうしても否応なしに比較の的になってしまうことになり、そこを経た先に興味深い発見が見出されてくる。

一点目は、指導者である先生によって100%作られた「完全言いなり」の音楽なのか、それとも「高校生プレーヤーが自分なりに工夫して作った表現力が織り込まれた」音楽なのか、ということ。

合奏における演奏者とは、いったい何だろう。
純度の高い絵の具であって、実際に絵を書くのは画家、ということだろうか。
それとも、一人ひとりが芸術的表現者であって、合奏はそれらの集合体、ということだろうか。

二点目は、演奏の最終到達点が、持てる技術の最高度の発揮なのか、それとも、作品の理解と解明なのか、ということ。

三点目は、その演奏は自分たちのためなのか、それとも、聴衆に届けられることを想定しているか、ということ。

およそ40年にわたってコンサートに出向き、プロフェッショナルの最高の音楽を聴き続けてきた私は、いたいけな高校生に対し、こうした課題、テーマを容赦なく突き付ける。大人げないことはもちろん分かっていても。
いや、高校生に対して、というより、これはまさしく指導者の先生に対しての問い、なのだと思う。


こうした観点、ポイントを持ちながら、各校に対し自分なりの評価をして、その上で、実際のコンクールの表彰結果と照らし合わせてみた。
完全に一致したものもあれば、上記の観点で金賞に値すると見なした学校が銀賞に留まり、「あらら、意外~」と感じたものもあった。

思うに、審査員のほとんど全員が「楽器の専門家」であり、演奏技術の評価に重点が置かれていることに、因を発するものとみる。ここにもっと指揮者だったり音楽評論家だったり、音楽の枠を越えた芸術家だったりが加われば、多少は違うかもしれない。


出場22団体で、全国の切符を手に入れたのは、たったの3校。
埼玉栄高校、伊奈学園総合高校、春日部共栄高校だ。なんと、3校とも埼玉県代表。埼玉、すっげー。

3校は、別格だった。技術面においても、芸術的側面においても。はっきりと分かった。
ステージ上の生徒たちの表情を見ても、他の学校とは異なっていた。なるほど、彼らは目指している先が違うのだ。彼らにとって、関東大会は通過点。目標は全国大会出場ではなく、全国大会での金賞なのだから。

調べたところ、なんとびっくり、西関東大会の代表は、もう10年連続でこの3校なのだそうだ。
どうしようもないレベルの差。難攻不落、ぶ厚い壁・・・。もしかしたら、彼らは名前だけでもう既に勝っているのではないか。そうなると、これをこじ開けるのは、ハンパなく厳しい。


各校が選定した自由曲も、楽しませてもらった。
管弦楽曲やオペラ作品からのアレンジ。バルトーク「不思議な中国の役人」、ラヴェル「スペイン狂詩曲」、プッチーニ蝶々夫人」、ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」、R・シュトラウスサロメ」より「7つのヴェールの踊り」・・・。
弦楽器が無い管・打楽器のみの演奏(※コントラバスを除く)で、それをまったく感じさせない演奏の妙。演奏の形態が変わっても、作品、音楽そのものの素晴らしさは普遍。そのことを改めて再確認した。