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2017/11/9 ボストン響2

2017年11月9日   ボストン交響楽団   サントリーホール
ハイドン  交響曲第103番「太鼓連打」
マーラー  交響曲第1番
 
 
ハイドンは、残念ながらあまり心に響かなかった。
こうした古典を古典らしく惹きつける演奏をする団体は、他にもたくさんある。なんか、来日公演でボストンがやる曲じゃないなあ、と思ってしまった。
 
大学時代に所属した管弦楽部でハイドンを演奏したことがあるが、その時の音楽監督さんがハイドンについて、「お掃除のための作品」と言っていた。演奏の癖やバランスの偏重を整理し、もう一度基礎を固めるための練習曲としてうってつけという意味らしい。
この日のハイドンは、なんかいちおう洗濯したけど、しみや垢が完全に落ちきれていないような印象だった。
あくまでも私個人の印象です。すみません。
 
もちろん最大の楽しみは、メインのマラ1だ。メインが良ければすべて良しである。
 
ネルソンスのタクトが実に面白く、かつ興味深い。
「このように演奏して欲しい」という指示を、時に繊細に、時にダイナミックに、体全体で表現するのがネルソンスの指揮スタイルだが、その「このように演奏して欲しい」を、楽曲内のどの局面でも貫き、常に追求している。中弛みしている箇所、妥協している箇所が全くないのだ。
 
例えばP・ヤルヴィのように、オーケストラのポテンシャルや持ち味を活かす指揮者がいる一方で、ネルソンスの場合は、頭の中にある理想完成型に、オーケストラのサウンドを出来る限り近づけさせようとするタイプだと思う。
 
オーケストラがぐいぐいと引っ張られているのが手に取るようにわかる。タクトは決して力づくでないのに。必然的に推進力が働いている感じがするのだ。
これこそがこの指揮者の才能ってやつだろう。
 
ただし、統制が図られていたせいもあってか、圧倒的な高揚感、陶酔感は、マックスではなかった。
もちろん、それがネルソンの音楽なのだといえば、大いに頷くのであるが。
 
ところで、今ちょうどゲヴァントハウス管が来日中だ。きっと本人も、関係者も、「こんなところで、奇遇ですね~」という挨拶を交わしたのだろうか。