クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

影のない女

 私がこのオペラに開眼したのは、18年前のサヴァリッシュ率いるバイエルン州立歌劇場の来日公演がきっかけだ。この公演は愛知県芸術劇場こけら落とし、プレミエ開幕がミュンヘンではなく日本だったこと、歌舞伎役者市川猿之助による演出、などでなにかと話題になった。
 
 この公演に行くかどうかについては当初迷った。
 何を隠そう、私はそれまでこのオペラを知らなかったのだ。それに演出はニッポンジンで、しかも歌舞伎役者だしぃ~。(なんでドイツのオペラの演出をニッポンジンがやるわけぇ~?)
 西洋と日本の伝統芸術を融合させる試みは、ハッキリ言って実験以外の何物でもない。外国人歌手に歌舞伎の衣装を着せ、見得を切るかのような演技をさせて何の意味があるのか?私はチケット購入をためらった。外来公演はチケット代が高く、吉と出るか凶と出るかのリスクが大きいのだ。
 
 行くことに決めたのは、事前にCDを買って音楽の予習をしたところ、いい曲だなと思ったから。ただ、その時も一回聞いて所詮「いい曲だな」程度の印象しかなかった。
 
 
 猿之助の演出は実に素晴らしかった。
 繊細で、素朴で、シンプルで、それでいて美しかった。何よりも「心」がこもった舞台だった。それはまさに「日本人の真心」にほかならない。外国人歌手が、日本の伝統様式に沿って懸命に演じていたのに心を打たれた。また、早変わりや宙乗りなどの歌舞伎の応用技術が随所に散りばめられて、幻想的な舞台作りに効果を挙げていた。
 
 心配していた歌舞伎による型にはめたような演技もそれほど気にならなかった。猿之助の目的が「オペラの歌舞伎化」でないことは明らか。歌舞伎はあくまで手段。たまたま歌舞伎役者であった一人の日本人の芸術家が作品に誠実に向き合い、このオペラのテーマである「夫婦の愛の本質」を探った。その結果として、素晴らしい創造作品が誕生したのだ。
 
 だが、この時何よりも一番感動したのは、音楽そのものだった。
 とにかく雷のような衝撃だった。第三幕最後のクライマックスでは心臓がバクバクし、震えが来た。こんなにも凄い曲があったのか!?しばらくは茫然自失だった。
(第三幕クライマックスで心臓がバクバクすることは今でもしょっちゅうある。)
 
 以来、私は取り憑かれたようにこの曲を追い求めている。
 日本で待っていても聴けないので、海外に出向く。ウィーン、フランクフルト、ハンブルクマンハイム、パリ、トゥールーズチューリッヒマドリードブリュッセル・・・。
 
 これらの中には、現代演出で、意味不明で、「????」といったへんちくりんな舞台もあった。だが、どれも必ずと言っていいほど、第三幕のクライマックスだけは、演出が余計なことをすることなく、音楽に全てを委ねていた。独善的なアイデアは、この壮大でドラマチックな愛の賛歌の高揚に絶対に勝てない。絶対に。聡明な演出家なら、誰でもそのことは分かるのであろう。
 
 私はいつも、世界で、どこかでこのオペラをやらないか、スケジュールをチェックしている。今年の秋はグラーツデュイスブルクでやるし、来年のザルツブルク音楽祭ティーレマンで、という噂だし。もちろん来年2月のマリインスキー劇場の来日公演だって。
 
 もちろん全てに行けるわけがない。っていうか、海外公演は行けないのがほとんどだ。
でも・・・。
分かってる、分かっているが、すんなり納得出来ない。毎度「行きたい。何とか行けないものか?」と悩み、苦悶するのである。