クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2017/7/21 セミラーミデ

2017年7月21日   バイエルン州立歌劇場
指揮  ミケーレ・マリオッティ
演出  デイヴィッド・オールデン
ジョイス・ディドナートセミラーミデ)、アレックス・エスポジート(アッスール)、ダニエラ・バルチェッローナ(アルサーチェ)、ローレンス・ブラウンリー(イドレーノ)、シモーネ・アルベルギーニ(オローエ)、ニコラ・ヒルデブランド(アゼマ)   他
 
 
ふと思った。
私が海外にまでオペラを観に行く理由、その一つが、「日本でなかなか上演されない作品を観るため」なわけだが、その「なかなか上演されない作品」というのは、まさしくロッシーニのことではないか。
ご承知のとおり、日本では「セヴィリアの理髪師」(たまーに「チェネレントラ」「ランスへの旅」)しか観られない。それ以外の作品は、何十年も待つか、もしくは諦めるしかない。
 
そんなの絶対に受け入れられないと思っている私は、ここ数年海外でロッシーニを観まくっている。
マティルデ・ディ・シャブラン、ブルスキーノ氏、バビロニアのチーロ、なりゆき泥棒、ギョーム・テル、オテロ、湖上の女、イタリアのトルコ人・・・。
 
そして今回ついにセミラーミデの機会を得た。数あるセリア作品の中でも特に傑作との呼び声が高い。
ロッシーニを極める旅もようやくここまで来たか・・。」
まことに感慨が深いものがある。
日本では昨年藤沢市民オペラが国内初演を果たした。ようやく初めてだ。しかし、コンサート形式上演が精一杯。
 
だからやっぱり海外に行くしかないのだ。こうやってミュンヘンに行けば、本格舞台上演を鑑賞できる。しかも最高のキャストで。
 
その最高キャストの一人、J・ディドナートが圧巻、貫禄、完ぺきの歌唱だ。
セミラーミデは女王だが、ディドナートこそ女王。それでいながら、葛藤、迷い、女性としてのか弱さなど、演技においても音楽的にもパーフェクトに表現。なんだか歌手というより、舞台芸術家としての存在の大きさ、器の大きさを感じる。とにかくすごいとしか言葉が浮かばない。
 
アルサーチェ役のバルチェッローナも負けていない。凛々しい歌、そして凛々しいお姿。
ロッシーニの舞台で、彼女は貴重だ。女性による男性役で、彼女以上の人材が果たしているだろうか。これまでのロッシーニ上演で、我々はいったいどれほど彼女に救われたことか。
一流歌劇場なら、最高の上演を求めるのなら、彼女をキャスティングしなければならない。バルチェッローナとはそういう人なのだ。
 
以上のお二人にアッスール役のエスポジートを加えた三人は、拍手だけでは称え足らず、ドイツの劇場名物、盛大な足踏みが添えられた熱狂のカーテンコールだった。
 
指揮は、大御所ゼッダがいない今、ロッシーニ演奏で彼の肩にかかる期待が大きいマリオッティ。
こうしてまたマリオッティが振るオペラを観ることができ、私は嬉しくて仕方がない。
 
いつもながら歌手への寄り添い方が絶品絶妙だ。客席からは後姿しか見えないのに、私には彼が歌手と一緒に歌っている表情が目に浮かぶ。
そして、彼のタクトの特徴だが、左手の振り回し方が実にしなやかで滑らかだ。これはマリオッティの指揮の極意、真骨頂かもしれない。タクトは「右手がテンポ、左手が表現力」らしいが、マリオッティのタクトを見ていると、なるほど確かにそうだと思う。
 
本日、一階平土間の最前列に奥様がいらっしゃった。きっとどこかにいるんじゃないかと思ったが、案の定だった。
休憩中、別に探して近寄ったわけではないが(ホントだってば)、たまたま近くで目撃。めちゃくちゃエレガントな美人で、ため息がでた。着ていたドレスも素敵。いやはや女優ですか、貴女は。
 
なんかもっと接近して匂いを嗅ぎたい衝動に駆られた・・。
ヤベェー。あぶねぇー。変態かっつうの。
いいよなあマリオッティ。これ、男の本音。
麗しの奥様には、また8月ザルツでお会いできるかな?
 
演出について。
すばり、この演出のポイントは「独裁者の権力と、その継承」だ。
装置として出てくる巨大な肖像や銅像は架空人物だが、おそらくイラクフセイン元大統領やシリアのアサド大統領あたりを念頭に置いたものと推測される。私のような東アジアの人間には、あの北の将軍様のようにも見える。
 
テーマとして着眼点はとてもいい。だが、王を継承することとなったアルサーチェは果たしてそれを望んだのか、父の敵である母セミラーミデを殺したのは、その意図があったのかそれともハプニングだったのか。この辺りが不鮮明で、詰めが甘いのが少々残念なところ。
 
スケールの大きな舞台装置は、さすが世界に冠たるバイエルンと言えるもの。(ただし、コヴェント・ガーデンとの共同演出)
こういうスペクタクルな舞台を観ることができるのも、「日本ではなかなか上演されない作品を観る」のと同様、海外鑑賞の醍醐味である。
 
つくづく思う。まったくドイツに生まれたかったぜ・・・。