指揮 ユーリ・テミルカーノフ
カンチェリ アル・ニエンテ
文京シビックホールの主催公演ではいつもとは違うプログラムで注目が集まったが、ジャパン・アーツ主催の3公演では、この日の1曲目を除き、いわゆるフツーのロシア物が並んだ。しかもチャイ4とラフマニノフ2番は前回の来日公演プログラムと同じ。「いくらなんでも連続はないでしょう」というツッコミを思わず入れたくなる。
だが、公演案内チラシには「75歳を迎える円熟の」「サンクト・ペテルブルクフィル芸術監督25周年」と書かれてあった。ならば、テミルカーノフが一つの節目を迎え、あえて自信のある王道プログラムを用意したということか。そういうことだと信じよう。
テミルの指揮には毎回驚嘆すると同時に、不思議に思っていることがあった。サクサクと手刀を切るような小振りのタクトで、どうしてあれだけスゴい音を引き出すことができるのか。
今回たまたま良席が手に入り、1階席4列目のほぼ正面という場所で聴いた。目の前にいたテミルカーノフの指揮をじっくりと拝むことが出来、おかげで少しだけその正体を見つけられたような気がする。
「小振りのタクト」と上に書いたとおり、「必要最小限の無駄のない動き」というイメージを持っていたが、近くでよーく観察すると、実際は非常に懐が深く、音楽が大きくうねるところでは身振りも大きい。
また、鼓動や息遣いが聞こえるかのような指揮である。まるでヨーガや太極拳のような呼吸法を実践しているかのようで、それがとてもナチュラルだ。こうした職人芸が音楽のダイナミズムと結びついた時、音楽に劇的な表現力が発生する。これぞテミルの極意なのだろう。
チャイ4の演奏については、前回聴いた時の印象とそれほど変わらない。テンポを自在に操りながらチャイコフスキーとしての色彩を整え、ロマン的な情緒を雄弁に語っていた。
ただ、毎度ロシアのオケらしい低音が効いた大きな音を鳴らすのが特徴のサンクト・ペテルブルクフィルが、今回はそうした重厚さがやや影を潜め、洗練された響きだったように感じたのはどうしたことだろう。
単なる気のせいか、聴いた場所のせいか、それともテミルの音楽の変化か、あるいはオーケストラの転換期なのか・・・。
アンコールのエルガー「愛の挨拶」には笑ってしまった。またまた出ました、テミルのアンコール定番。きっとこの曲が好きなんでしょうねえ。
それまで険しい顔でスコアに対峙していた巨匠が、このアンコールピースの演奏では、表情が緩んでいた。この時ばかりはマエストロというより好々爺という感じで、それはそれで良かったです(笑)。