ヴァイオリン奏者にとっての「聖書」とまで言われるバッハの傑作を、是非とも全曲通し演奏で聴きたいとかねがね思っていたのだが、それを近年活躍が目覚ましいファウストが演奏するということで、このコンサートに飛びついた。ファウストはドイツ出身で、室内楽にも造詣が深く、古楽奏法も手中に収めており、まさに演奏者として申し分がない。最高の演奏の期待が高まった。
ファウストの演奏を聴くのはこれで3度目だが、いつも感心するのは、決して飾らず、誇示誇張せず、表面的な華美さを追い求めず、ひたすら曲の内面にフォーカスし没頭することだ。
それは何となく彼女の人柄や性格にも表れている。追求している音楽だけでなく、外見もステージマナーもとてもシックで洗練されている。持っている物を必要以上に見せつけようというパフォーマンスが微塵もないため、余計な部分で気になることがなく、聴いている側も音楽そのものに集中することが出来るのである。
全曲を通してノンビブラート奏法(ただし、必要に応じて微かにかけることもある)で統一し、どの曲もピュアで透明感溢れる演奏だったが、注意深く聴いていると、ボウイングの長さや弓の圧力を微妙に変化させて、多層的かつ多面的なニュアンスの創出に意識を傾けていた。真摯に楽曲に向き合い、取り組んだ彼女なりの答えとも言うべき、奥深いバッハだったと思う。
ところで私は埼玉県在住だが、この彩の国さいたま芸術劇場は全然縁がない。これだけコンサートに通い続けているのに、今回でようやく二度目だ。キャパシティも大きくなく、どちらかと言うとリサイタルや室内楽向けのため、オペラやフルオーケストラのコンサートが好きな私の嗜好となかなか重ならないのである。
だが、音響も悪くないし、なによりもステージが近くて演奏者が間近に捉えられるというのは良い。
ただし、お客さんはいわゆる地元民がたくさん集まっている分だけレベルが下がる。連中はファウストがどれだけ世界的な奏者なのかも知らないし、バッハの音楽も知らない。このため演奏中に眠りこけている人があっちにもこっちにも。まあ仕方がないし、別に非難するつもりもないが。
私にとって縁遠いホールなのは、自分の嗜好どうのこうのより、実はこういうところが原因だったりする。