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2013/2/8 マノン・レスコー

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2013年2月8日 ブリュッセル王立歌劇場(モネ劇場)
指揮  カルロ・リッツィ
演出  マリウシュ・トレリンスキー
エヴァ・マリア・ウェストブルック(マノン)、アリス・アルギリス(レスコー)、ブランドン・ヨヴァノヴィッチ(デ・グリュー)、ジョヴァンニ・フルラネット(ジェロント)、ジュリエン・ドラン(エドモンド)   他
 
 
 例によって、まず演出の感想から述べようと思う。これまでに何度も断っているが、今回もあくまでもシロウトの私自身がそのように見えた、捉えたという勝手な個人的解釈であることをお許しいただきたい。
 
 時代を現代に置き換えた、実にスタイリッシュで大人のセンスに溢れた舞台である。映像を巧みに駆使しながら、都会の一風景を創り出し、切り取っている。
 マノンとデ・グリューが出会う第一幕は忙しいビジネスマンが行き交う地下鉄駅の構内という設定だ。デ・グリューもそんな普通のサラリーマンの一人。対してマノンは女優かモデルといった風貌。とりあえず、モデルとしておこう。
 テレビやファッション雑誌などで活躍し、はるか向こうの世界にいて手が届かない存在である人気モデルと、一般人の我々が関わる接点など、現実的には全く無いと言っていい。普通なら交錯することのない男女が、あたかもドラマのようなめぐり逢いによって運命を共にした結果、華やかなモデル業界を闇の部分で操るマフィアに巻き込まれ、悲劇の結末を辿る・・・一見するとそんな舞台演出のように見える。
 
 だが、演出家の意図、狙いはそう単純ではない。もう少し深い。
 
 演出のポイントは、「男」側から見る対象としての「女性」なのである(と思う)。
 
 つまり、この演出では主人公はマノンではない。デ・グリューである。マノンは、デ・グリュー側から見た女性、という位置づけである。
 
 これを示す別の一例がある。
 上に書いた「華やかなモデル業界を闇の部分で操るマフィア」という役に設定されているジェロントであるが、彼を取り巻く女性たちは、商品であり、物であり、趣味の道具であり、人形。ジェロントが女性をそのように捉え、扱っていることは明白。「デ・グリューの女性」と「ジェロントの女性」の違いを鮮明にさせながらも、どちらも「男から見た女」なのだというテーマを観客に提示しているのである。
 
 デ・グリューから見たマノンに話を戻すと、ひょっとすると実はマノン・レスコーは実在女性ではないのではないかとも思えてくる。マノンはデ・グリューの憧れの対象であり、理想であり、夢の中で恋焦がれる空想の女性ではないか、と。
 なぜそのように解釈したかというと、舞台に二人のマノン・レスコーが登場するのだ。金髪で赤いコートをまとった女性と、黒髪で黒いコートをまとった女性。もちろん同じ人が演じているので一見すると「一人」なのだが、私には「二人」に見える。
 第1幕から第3幕までの主ストーリーに登場する「金髪」がデ・グリューの空想女性。第4幕に登場する「黒髪」が現実の女性。
 
 一方で、デ・グリューの空想話ではなく、普通の一般人にとって完全に高嶺の花のトップモデルに、憧れだけで無謀にも迫っていこうとするデ・グリューの焦燥と現実の壁、と捉えることも可能で、そこら辺の解釈は自由だと思う。
 
 いずれにしても、私の結論はこうだ。
 理想と憧れの女性を追い求めて自業自縛となっているデ・グリュー。見てはいけない、覗いてはいけない闇世界に首を突っ込み、暴行されて地に這いつくばっている。彼には現実の恋人がいる。自らの命を賭して、彼の夢への逃避行から現実の世界に呼び戻し、愛を取り戻そうとする・・・。
(この黒髪の女性は、第一幕の序奏が始まる前にもパントマイムでも登場し、横倒れになっているデ・グリューに寄り添い、そして離れていくという演技を行なっている。思わせぶりであるが、なんとなく私の解釈を裏付けているようにも見えるのであるが・・・。)
 
 
 演奏面について。
 大成功だったと思う。もちろん、成功の功労者が主役の二人E・M・ウェストブルックとB・ヨヴァノヴィッチであることは論を俟たない。ウェストブルックの実力は十分承知しているので、彼女がこれくらい歌ってくれるのは至極当然と思ったが、予想外に良かったのがヨヴァノヴィッチ。演出上から相当な演技を要求されているはずだが、それによって歌が混乱しない。役と同化し、最後までバテずに見事に演じ、歌いきった。
 
 キラリと光る名演技で舞台を支えたのが、フルラネット。印象的であった。
 この三人に比べると少し見劣りしたのが、レスコーのアルギリス。悪くはないが、存在感がイマイチ。彼は来シーズン、新国立劇場フィガロの結婚フィガロ役)で来日することが決まっている。頑張ってください。多分私は行かないと思いますが(笑)。
 
 指揮者のリッツィ。2006年ボローニャ歌劇場の来日公演でトロヴァトーレアンドレア・シェニエを振ったマエストロ。私もそれ以来だったが、この指揮者、実に手堅い。安全運転という意味ではなく、安心して舞台に集中することが出来るという意味で。イタリア・オペラの上演に、彼のような存在は本当に貴重だ。
 
 モネ劇場。2007年12月のマスネ「ウェルテル」(指揮はもちろん大野さん)以来、約5年ぶり5回目。その大野さんが去ってしまい、縁遠くなったかと思ったが、こうしてまた来られて良かったし、是非また来たいと思った。
 また行きますよ! 課題のベルギー・ビールもあるしね!(笑)