クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

1995/5/26 ミラノスカラ座 3

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1995年5月26日 ミラノ・スカラ座
ヴェルディ 椿姫
指揮 リッカルド・ムーティ
演出 リリアーナ・カヴァーニ
ティツィアーナ・ファブリッチーニ(ヴィオレッタ)、ラモン・ヴァルガスアルフレード)、パオロ・コーニ(ジョルジョ)、アントネッラ・トレヴィザン(アンニーナ)、ニコレッタ・ザニーニ(フローラ)、エンリコ・コッスッタ(ガストン)他


 これまでの旅行記で書いたとおり、まるで命を懸けたみたいに鼻息荒くして臨んだこの公演であるが、この年の9月に日本公演があって、何もそんな無理しなくても椿姫は見ることが出来たわけである。来日公演をご覧になった方もいらっしゃるであろう。キャストは全く同じだ。(来日公演ではアルフレードにヴィンツェンツォ・ラ・スコーラが加わるなど、いくつかの役でダブルが組まれた。)
 この点を指摘されると悔しいので、「NHKホールとスカラ座では、月とすっぽんですよ。」と一言言わせていただきます(笑)。何が違うかは、これから書きます。


 日本の場合、いよいよ開演、客席が暗くなり指揮者が指揮台に上がれば、観客はさっと静かになって、最初の一音からしっかり聞き耳を立てるはずだ。

 ところが、ここはイタリア。
「あんたら、しゃべるために生まれてきたのか?」と突っ込みたくなるイタリア人ども。指揮者がスタンバイしているのに、あちらこちらのひそひそ声が収まらない。
 マエストロが第一幕の前奏曲最初のタクトを振り下ろし、ヴィオレッタの病を暗示する悲しげな旋律が始まった。
 すると、まだ鳴り止まないひそひそ声に対して、音楽をしっかりと聴きたい‘マニア’‘うるさがた’が「しーっっ!」と制しようとする。客席のあちこちで「しーっっ!」「しーっっ!」が聞こえる。そっちの方がよっぽどうるさい(笑)。ホント面白れえな、イタリア人。

 幕が開いた。一転して目も眩むような華やかな舞踏会。舞台の上で、本物のパーティが行われている。合唱団の誰一人として同じ方向を向いていない。立っている者、座っている者、歩いている者、歓談し、笑い、食べ、飲み、酔っている。
 テーブルに出された料理からは湯気が立っている。うわっ本物の料理だ!その豪華さ、そのリアルさ!

 これがスカラ座なんだ!これが世界最高の歌劇場なんだ!すごい!すごい!
 もういきなり先制パンチを食らって、危うく第一ラウンドで早々ノックアウトされるところだった。

 劇が進行するにつれて、こちらのテンションも徐々に落ち着いていく。よく考えれば、スカラ座がすごいというより、リアルさを追求したそういう演出だったわけだ。

 主役を歌ったT・ファブリッチーニ。
 カラスの亡霊を断ち切るべくマエストロムーティから白羽の矢を立てられたシンデレラ姫。当時まだ若く、可憐で美しい。病に冒されつつ、命を懸けた愛に生きようとする姿を懸命に演じていて、とても良かった。ただ、声がやや暗いのが気になった。あくまでヴィオレッタということで言えば、これはこれで良いのだろうが。(最近、名前を聞かなくなりましたが、お元気ですか?ファブリさん。)

 マエストロムーティの音楽は、以前から愛聴していた録音(A・クラウスとR・スコットのEMI版)に比べるといくぶん角が取れて丸くなった印象。若い頃のマエストロは、オペラにしても管弦楽曲にしても尖っていたもんなあ。

 スカラ座の音響。
 これを魔法と言わずして何と言おう?
 天井に近くステージから遠いのにピアニシモの音でさえはっきりと聞こえる。信じられないくらいクリアな音。
 東京文化会館の5階席も通が好む場所だが、スカラ座はこれを遙かに上回る。気取らずにひたすら音楽に集中したい連中がここに集うのも大いに理解できる。(ちなみに、その後何回かスカラ座に足を運び、平戸間やボックス席などでも聴いてみたが、場所によって聞こえ方が違い、とても興味深かった。)


 素晴らしい場所に身を置いて素晴らしい音楽に浸る-立ち見なのが、ちと残念だったけど-いつまでもこの甘美に酔っていたかった。だが、そうはいかなかった。
 我々はこの日ミラノに泊まらない。これから夜行電車に乗ってモナコに向かうのである。出発は日付が変わった午前12時10分発。午後8時開演のオペラであったが、曲の長さと休憩時間を見込んで計算し余裕で間に合うと踏んでいた。

 ところが、休憩時間を結構たっぷり取っているせいか、時間がどんどん押してくる。今でこそ、イタリアのオペラは終演が日付が変わることもしばしばあるということを経験として知っているが、当時はそんなことあり得るわけがないと思っていたため、午後11時半過ぎになっても終わらない事態に、じわじわと焦りが生じた。

 第3幕終盤、ヴィオレッタが死に向かっていくクライマックス、人々がハンカチ片手に固唾を飲んで舞台に集中しているさなか、我々は時計をチラチラ見ながらやきもきしていた。

 Kくんが耳打ちしてくる。「途中で抜けましょうよ。もう出ましょうよ。」
 私は答える。「もうあと10分、大丈夫、間に合うから。」「あと5分、大丈夫。」
 とか言いつつ、死に際でアリアを歌うヴィオレッタに対して、「あんた病気なんだからさ、もういいからさ、はよ倒れろ。」と心の中で突っ込む。 

 ようやく(笑)ヴィオレッタがバタンと倒れ、オーケストラの強奏とともに幕が下りた。
 Kくんが「ささ、行きましょ!」と合図するが、そうは行かない。これからカーテンコールの儀式があるんだよ。盛大な拍手でマエストロをお迎えしないと。

 出演者が出てきて拍手を浴びた後、最後にとりを取ってマエストロムーティが現れた。観客の熱狂が頂点に達し、「ブラーヴォ!」の大歓声。ムーティの勝利。すごい!私も負けないほど力を入れて拍手し、マエストロを讃えた。

 ・・・と。

 さ、ほな、行きまひょか。

 ダアーッッッッッッッシュ!
 スカラ座の階段を、転んだら怪我するくらいの勢いで駆け下り、玄関を飛び出して、目の前に並んでいたタクシーに飛び乗った。午後11時50分。

 午前0時ミラノ中央駅着。夜行電車に間に合った。ただし公演の感慨に浸る余裕ゼロ。
 しようがない。そういう旅行行程を組んだ自分たちが悪いのだ。今回のスカラ座、いろいろあったが、最終的によく見ることが出来たよ。うんうん(泣)。