クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2016/11/9 グルベローヴァ・リサイタル

2016年11月9日   エディタ・グルベローヴァ リサイタル   東京オペラシティコンサートホール
オペラ名曲を歌う - 二つの狂乱の場 -
指揮 ペーター・ヴァレントヴィッチ
管弦楽  プラハ国立歌劇場管弦楽団
ドニゼッティ  シャモニーのリンダよりアリア「私の心の光」、ランメルモールのルチアより狂乱の場、ロベルト・デヴェリューよりアリア
ベッリーニ  清教徒より狂乱の場、異国の女よりアリア   他
 
 
喝采で迎えられ、満面の笑みでステージに姿を現したグルベローヴァを目の当たりにした時、不覚にも涙腺が決壊してしまった。まだ演奏をする前だというのに・・・。
 
「これが最後」と宣言し、日本のファンに別れを告げた2012年から4年・・・。
 
あの時彼女は、自らの引き際の頃合いを間違いなく自覚していたのだと思う。惜しまれつつ、このタイミングで「さようなら」を言うことが一番潔いことだと悟ったのだと思う。
 
だが、天にいる芸術の神様はこれを許さなかった。たぐい稀なる奇跡の歌声をあっという間に枯れさせ、萎ませることを、決して許さなかった。
 
「まだ歌える。依然としてキープしている。十分にファンの期待に応えることが出来る。」
改めてそう自覚した時、彼女は日本に行くという決断をした。
 
「おかえりなさい、グルベローヴァさん。」
涙にまみれ、もはや神々しいお姿が肉眼で見えにくくなってしまった私は、とにかく心の中で歓迎の挨拶を捧げていた。
 
かようにも特別な思い、万感の念を抱きながら一人の歌手の公演に臨む理由、それは私がオペラ芸術の真髄を解き明かそうと世界の一流歌劇場に足を運んだ時、「世界最高の音楽とは何たるか」を知ろうとした時、そこに必ずグルベローヴァがいたからだ。
 
私がオペラに目覚めた時、グルベローヴァは君臨していた。
私が初めて行った歌手のリサイタルコンサートは、グルベローヴァだった。
大好きな作品である「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタは、グルベローヴァ以外あり得なかった。
ウィーンで「アリアドネ」を鑑賞した時、ミュンヘンで「アンナ・ボレーナ」「ノルマ」「ルクレツィア・ボルジア」を鑑賞した時、東京で「ルチア」「椿姫」「清教徒」「ロベルト・デヴェリュー」などを鑑賞した時、要するに最高のオペラを体験しようとした時、そこにいたのはグルベローヴァだった。
 
つまり、グルベローヴァこそは、私のオペラ人生で常にそこに居てくれた心からの恩人なのだ。
 
それだけ長い時を共有してきたから、私は彼女の全盛期を知っている。それがどれくらい凄かったのかを知っている。
そして、その全盛の頃と今の歌唱は違うことも知っている。
 
しかし、そんなことはまったくどうでもいい。
違っていて当たり前。
この日聴いたグルベローヴァの歌声は、人生をひたすら音楽に捧げてきた証そのものであり、一人の芸術家の生き様すべてだからだ。
 
何よりも、グルベローヴァ本人が夢でも幻でもなくそこに立っていて、いつも毎回胸を焦がしながら夢見るように聴いていたあの懐かしの声が、そこから聴こえてきた。
 
それで十分だった。ただただ、それで良かった。