これには何重もの意味で驚いた。
まず、一度は楽員選挙を行ったものの決まらず、一年以内に再投票すると発表したのに、わずか1か月で急転直下の決定が下されたのが第一のサプライズ。
次に、最有力と目されたティーレマン、デュダメル、ネルソンスのいずれでもなかったことが第二のサプライズ。
そして、初期段階では有力候補と言われながら途中で選考レースから脱落したと言われたペトレンコだったことが第三のサプライズ。
更に、ペトレンコはどちらかと言えば劇場で叩き上げられたオペラ指揮者であり、それがコンサート専門のベルリン・フィルのシェフになることが第四のサプライズ。
また、日本人からすると、来日の機会がこれまでになく、レコーディングの数も多くなく、ほとんど馴染みのない人物だったのも、やっぱりサプライズの一つだったと言えよう。人によっては「ペトレンコ、WHO??」ではあるまいか。
実は決定のその前段階においても、「へえー、そうだったんだ」と驚いたことがあった。それは、雑誌「モーストリー・クラシック」今月号記事に紹介されていた。
現地メディアでは実はマリス・ヤンソンスの存在がクローズアップされていて、そのヤンソンスがここへきてバイエルン放送交響楽団との契約延長を発表し、これが楽員選挙に少なからずの影響を与えた、というものである。
それが、記事では「ヤンソンスが最も可能性が高いと言われていたが、その彼が抜け落ちたことでオケはショックを受け、その状況で一人に決めろと言われても、意見が割れたのは当然」とリポートしている。
もちろん、その記事そのものが一ジャーナリストの推測に過ぎないということは言える。ベルリン・フィルの公式見解ではない。真実は結局誰も分からないわけだ。
さて、楽員選挙を行ったもののその場では決まらず、1か月の期間を置いて正式決定を発表したというのは、よーく考えると、別に意外でもなんでもないことに気づく。
ここからはあくまでも私個人の大胆推測だが、5月の選挙で「決まらなかった」と言いながら、実は本当は「決まっていた」のではないだろうか。
理由はこうだ。
そんな中、本人の承諾も得ずに勝手に選んで発表するというのは、いくら天下のベルリン・フィルとはいえ明らかに高慢なやり方であり、選ばれた方だって困惑する。選挙結果を堂々発表したところ、指揮者の方から「ごめんなさーい」と断られたら、超が付くほどプライドが高いベルリン・フィルとしては、受けるダメージがあまりにもデカすぎる。それだけは絶対に避けたいところだろう。
(そもそも、一方的に選んで断られないことが前提だなんて、やっぱり高慢だ。)
だから、とりあえず「決まらなかった」と発表して沸騰するマスコミやファンの関心を一旦逸し、その間に選挙で上位に選ばれた順から就任の可能性の打診を水面下で図っていたのではないだろうか。そして、その最終結果がペトレンコだったのではないだろうか・・・。
繰り返すが、これはあくまでも私の勝手な推測なのだが・・・。
私は彼が指揮した公演を鑑賞した機会がこれまでに3度ある。すべてオペラで、アン・デア・ウイーン劇場でR・シュトラウスの「インテルメッツォ」、バイエルン州立歌劇場でヤナーチェクの「イェヌーファ」とツィンマーマンの「兵士たち」。いずれも、素晴らしかったというより「凄かった」という感想で、忘れられない貴重な体験だ。バイロイトのリングを聴いた人も、感想はきっと同じではないだろうか。
ただし、一つだけ不安があるとしたら、世界最高のオーケストラを牛耳る華やかさとカリスマ的雰囲気が現時点ではあまり漂って来ないことだろう。写真を御覧なさい。お顔はお猿さん(笑)。はたして人気が出るのか?ベルリン・フィルともなると、聞こえる音楽だけでは済まされないような気がするが・・・。
(そういう意味では、カラヤンの存在は本当に際立っていたとつくづく思う。)
バイエルン州立歌劇場はどうするのかな? やっぱり両立は難しいか? 私としては、オペラは今後も継続して振ってほしいと願うばかりだ。