2013年4月7日 東京・春・音楽祭(東京オペラの森2013) 東京文化会館
ワーグナー ニュルンベルクのマイスタージンガー(演奏会形式)
指揮 セバスティアン・ヴァイグレ
管弦楽 NHK交響楽団
合唱 東京オペラシンガーズ
アラン・ヘルド(ハンス・ザックス)、ギュンター・グロイスベック(ポークナー)、アドリアン・エレート(ベックメッサー)、クラウス・フロリアン・フォークト(ヴァルター)、ヨルク・シュナイダー(ダヴィッド)、アンナ・ガブラー(エヴァ)、ステラ・グリゴリアン(マッダレーナ)、甲斐栄次郎(コートナー) 他
桜の時期に桜の見どころ上野で開催される音楽祭。人気も大分定着してきた感がある。
バラエティに富んだプログラムの中でもハイライトと言えるのが、このコンサート形式のオペラ公演だ。毎年1演目のシリーズで、今年はニュルンベルクのマイスタージンガー。バイロイトやウィーンからそのまま引越ししてきたのかと見紛うほどの豪華なキャストが魅力。日本でこれほど充実したワーグナーを聞ける機会などそうはない。贅沢で貴重な体験だ。
個人的にも、マイスタージンガーはワーグナーのオペラの中でも特に好きな演目。これまでにも何度となく海外にまで観に出かけているが、時差にやられて所々でウトウトしたこともしばしばなので、時差や長旅疲れに悩まされない日本上演という意味でもこの音楽祭はありがたい。
ところで、その日本でのマイスタージンガーの鑑賞は7年前のバイエルン州立歌劇場来日公演以来だが、あの時のプロダクションはちょっとイマイチだった。最後にナチだか軍だかが登場してきて、人々の不安を駆り立てる悲観的なエンディングだった。
やっぱりこのオペラは「ザックスばんざーい!ドイツばんざーい!芸術ばんざーい!」とハッピー大団円で終わって欲しいと思う。全曲を聞き終えて、これほど幸せな気分に満ち溢れるオペラはそう多くないのだから。現代演出なんぞ断固反対! ( ←なんだこの信じられない手のひらの返しようは!)
そういう意味で、コンサート形式上演というのはいいね。
今回私は、訪れたことがあるニュルンベルクの街並みを思い出しながら、あるいはこれまでに見た中で個人的に気に入った舞台の場面を思い出しながら、演奏に聞き入っていた。常に良いイメージが喚起され、感動を必然的に助長してくれた。
さて、出演者について、個々に見ていこう。
もうね、誰がなんと言おうと、やっぱり断然あの方でしょう、あの方。
そう。アラン・ヘルド。
え??違う?
(こういうつまらんやりとりは却下!)
すみませんでした。そう、フォークト様です。
あたしゃ泣いたぜ。第三幕の「朝はバラ色に輝きて」の歌で。あんな素晴らしい歌を披露されちゃったら、ポークナー親方は「ええい、娘を持ってけ泥棒!」と言いたくなるだろうさ。男の俺だって心を奪われちゃったくらいだから、淑女の皆さんはメロメロになり、トロトロに溶けてしまったのではあるまいか。いやあ、フォークト様すごい。そしてカッコいい。いいよなあー。(何が?)
次はやっぱりあの方でしょう、あの方。
そう、アドリアン・エレート。愛すべき書記殿。
うまい。歌も演技も。とにかく絶品。
素晴らしいのは、エレートのベックメッサーは道化でも悪役でもなく、ヒューマニティに溢れていること。
エレートが演じるベックメッサーを見て、「バカだなこいつ」と笑えるヤツいるか?自分の胸に手を当ててみなはれ。誰もが大なり小なり、屈折した内心を持っているはずだ。そうした人間性をエレートはしっかり表現している。本当に感心した。
今回コンサート形式上演で良かったが、エレートに関して言えば、舞台上演だったらどんなに面白かっただろう?
例の歌合戦の場面。エレートは置いてあった譜面台からわざと一歩下がって歌い始めた。間違いだらけの歌い損ねに冷や汗かきながら慌てて譜面台に近づき、楽譜をパラパラめくってカンニングする、といった芸の細かさを披露。見ていて思わずニヤリ。最高だね。
ザックスのヘルド。
ひょっとして評価が分かれるかも?私は良かったと思うが。残念だったのは、楽譜にかじりつきで、ヴァルターやベックメッサーとの丁々発止のやりとりがイマイチだったこと。ひょっとして初役だった?
その他、ポークナーのグロイスベック、エヴァのガブラーなども好演だったが、ウィーン国立歌劇場の専属ソリストである日本人の甲斐さんがキラリと光る歌唱で上演の成功に一役買っていたのは嬉しかった。
指揮のヴァイグレは、バイロイトでマイスタージンガーを振った人。上手にまとめあげていたし、時々「お!?へえー!?」と思うような音楽作りで我々を楽しませてくれたが、コンサート形式上演ということもあって、歌手の声を消さない配慮によりかなりオーケストラを抑え気味だった。ピットが覆われているバイロイトではもう少し鳴らせていたのではないかと推測する。
オーケストラも「またいつものN響」という印象だったが、指揮が上記の様子だったので、今回は非難の矛先に向かうことはないだろう。
全体的には大満足。感動しました。そして、改めていい曲だと思いました。