いつからだったかははっきり思い出せないが、フェルメールに魅せられていた。
もともと、日本人に人気の高いフランス印象派よりも、ルーベンスやヴァン・ダイクなどのフランドル・バロック絵画が好きだったが、そうしているうちにオランダの画家フェルメールにたどり着いた。
初めてフェルメールの絵画を生で見たのは、まだ海外旅行歴3回目だった1990年のウィーンで、ウィーン美術史美術館にある「絵画芸術」という絵だった。独特の描写方法、奥行きや空間の構成、射し込まれる光の感度などに強い印象を受けた。
フェルメールについて、知れば知るほど惹き付けられる。現存するフェルメールの絵は世界でたった30数点しかないこと、いまだ真作贋作の噂が絶えないこと、贋作をめぐった事件や盗難事件が起きていること、などなど。
1993年に、ニューヨークのメトロポリタン美術館とフリックコレクションで一気に計8つのフェルメールの絵を鑑賞した後、私は決心した。「よし、残りのフェルメールも全部見てやろう。制覇してやろう。これをライフワークにしよう」と。
もっとも、大げさに‘ライフワーク’などと宣ったが、そんなに難しいことではない。フェルメールの絵を所蔵している街をざっと挙げてみる。
ニューヨーク、ワシントン、ロンドン、パリ、ベルリン、フランクフルト、ドレスデン、ウィーン、アムステルダム、デン・ハーグ、エジンバラ、ダブリン、ブラウンシュヴァイク・・。
普通にオペラやクラシック音楽を求めた旅を続けていけば、必然的に上記のほとんどの都市にたどり着く。
こうしてクラシック音楽を求める旅に、フェルメールを訊ねる旅が加わった。
壁に立ちはだかられた、と思ったのは英国王室が所蔵する「音楽の稽古」だ。英国王室コレクションって・・・美術館なら誰でも見ることが出来るが、王室が管理する物をどうやってみたらいいのだ??これは一般人は見られない物なのか??
そう思っていたところ、なんと偶然にもあっさり解決してしまった。
1994年9月にロンドンに行ってバッキンガム宮殿を見学した。私は英国王室が所蔵する美術コレクションが、まさかバッキンガム宮殿の公開ルームに置いてあることなどつゆにも知らずだったのだ。何気なく宮殿を見学して偶然フェルメールを見つけた時、私はひっくり返るくらい驚いた。「ひえぇぇぇ!」と声を上げてしまったくらいだ。
そうなると、残り一番縁遠いのは、ダブリンとブラウンシュヴァイクか・・・と思っていたら、案の定この二つが最後に残ってしまった。そう、この二つを除いて、私は既に征してしまったのだ。
特にダブリンはなかなか機会がない。う~む。
いや、頑張ろう。ライフワークだぞ!アイルランド、いいではないか。ギネスビールの本拠地。将来、絶対行くぞ。待ってろよ、フェルメール。
と思っていたら、なんと向こうからやってきてしまった(笑)。
現在東京都美術館で開催中の「フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち」
アイルランドナショナルギャラリーの「手紙を書く婦人と召使い」も、ブラウンシュヴァイク・アントン・ウルリッヒ公美術館の「ワイングラスを持つ娘」もやってきた。おまけに個人蔵で、はたして次にいつどこで見られるか分からない「ヴァージナルの前に座る女」まで。なんと完璧な・・。
平成20年10月31日に私は同展を訪れた。あえて仕事を休んで平日にしたのに、ものすごい人であった。私と同じようにフェルメールに魅せられている人がこんなにもたくさんいるのだ。
これであっけなく全制覇してしまったことになるが、充足感はない。私の目標は、現地に行って見ることだ。やはりダブリンとブラウンシュヴァイクには行かないと。
それともう一つ。
現在、盗難事件にあって姿を消しているフェルメール作品がある。ボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館にあった「合奏」だ。
事件が解決して早く元に戻って欲しい。切に祈る。警察及び美術館側は、返還の見返りに犯人の訴追を免ずる方針を出しているそうだ。
元に戻ったらボストンにも行こう。それまではボストン交響楽団もレッドソックスもお預けだ。