クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2012/12/22 ナクソス島のアリアドネ

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2012年12月22日   ウィーン国立歌劇場
指揮  フランツ・ウェルザー・メスト
演出  スヴェン・エリック・ベヒトルフ
ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー(音楽教師)、クリスティーネ・シェーファー(作曲家)、ステファン・グールド(バッカス)、ノルベルト・エルンスト(舞踏教師)、ダニエラ・ファリー(ツェルビネッタ)、クラッシミラ・ストヤノヴァ(アリアドネ)、アダム・プラチェトカ(ハレルキン)   他
 
 
 F・サンジュストによる旧演出版がついに幕を下ろし、一新された。従前の物は、巨匠ベームの時代に制作されて以来、グルベローヴァの一世一代のツェルビネッタと共に記憶に残るウィーン国立歌劇場の看板プロダクションだった。
 新しいバージョンは程よく洗練され、ウィットに富み、センスに溢れた、これまた素敵な舞台に仕上がっている。
 
 よかった。ホッとした。
 実は不安だった。ニューバージョンにしたはいいが、アホな演出家による一人よがりで訳の分からない演出によって、ここまで大切に育て上げてきた作品そのものを貶めることがよくあるからだ。
 
 例えば、バイエルン州立歌劇場において最も重要な演目のはずである「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
 かつて、A・エファーディング演出の名舞台で、毎年7月のオペラフェスティバルの千秋楽といえば必ずこの作品だった。ところが新演出に変えた結果、この伝統が崩壊した。今、ミュンヘンを訪れてもマイスタージンガーは観られない。このオペラを初演し、毎年のように上演してきた同歌劇場にとって、これは由々しき事態だ。バイエルンは自ら歴史に傷を付けたわけだが、同じような危険はウィーンでも起こり得るのである。
 
 今回の舞台は、昨年夏のザルツブルク音楽祭で同演出家によって新制作された物の改訂版。
 ザルツではシュトゥットガルト初演版を採用し、その際にホーフマンスタールを舞台に登場させるという大胆な解釈が盛り込まれたようだが、今回のウィーンではそうした大幅な読替えは無し。現代風にリニューアルしたが、決して過激ではない。随所にアイデアやエッセンスが散りばめられつつも、全体的にはソフトなアリアドネに落ち着いている。
 
 特色としては、だいたい次の3つだと言える。
①第二幕のオペラ舞台を、招待客や第一幕の登場人物らが、舞台奥に設置された客席から見つめる劇中劇にしていること。
②作曲家がツェルビネッタに心を寄せていることに着目し、本来登場しない第二幕でも活躍させて、最後にツェルビネッタとハッピーエンドにさせていること。
アリアドネがコメディの連中に対して、まるで毛虫に触るかのような露骨な嫌悪感を露わにし、その滑稽で笑える演技で観客の注目を自然に彼女に集めさせながら、アリアドネの存在感をより一層引き立たせたこと。
 
 これらの演出家の狙いは概ね成功していると思った。
 
 個人的な好みで言うと、ツェルビネッタ一座の連中をヘヴィ・メタやパンク・ロックのミュージシャンにし、だらしなく下品で卑猥な演技をさせる現代演出を近年よーく見かけるが、私はこれが嫌い。なぜかというと、それらの格好とシュトラウスの音楽が全然合っていないから。今回の舞台では、彼らは普通のコメディアン風で、違和感がなかった。その点でも良かった。
 
 
 歌手の中では、上記の演出によって見事に活かされたアリアドネ役のストヤノヴァと作曲家役のシェーファー御両人が最高。
 特にストヤノヴァ! ブルガリア出身の彼女は、ウィーン国立歌劇場と専属契約した頃は無名だったが、数々の舞台経験を積み、徐々にその地位を確立させて、ついには宮廷歌手の称号を得るに至るまで登り詰めたウィーンのシンデレラ歌手である。今や、同歌劇場になくてはならないソプラノだ。
 そうした実力と貫禄をまざまざと示す圧倒的な歌唱。演技もベリーグッド。いっそのこと、このプロダクションは彼女に捧げてしまおうではないか。ウィーンのアリアドネといったらストヤノヴァ。これでいこう!
 
 シェーファーも負けず劣らず素晴らしかった。ズボン役が実にハマっている。私はこのオペラでは「作曲家」役に強いシンパシーがあるので、作曲家の音楽に寄せる真摯な思い入れをシェーファーが見事に歌い演じてくれたことは非常に嬉しかった。
 
 
 ピット内の国立歌劇場管弦楽団は、やっぱり音楽監督が振ると違う。もう、ぜーんぜん違う。わずか4日前の、いかにもレパートリー公演らしい安全運転の演奏とは雲泥の差。こういう如実な差を目の当たりにしてしまうと、やっぱり狙いはプレミエもしくは音楽新校訂上演なのかなあ、と思ってしまうのであった。
 
 とにかく、旅行の最後を見事に飾る演奏と舞台に大感謝。
 
 
 さて、素晴らしいオペラを鑑賞後、心地よい余韻に浸りながら、レストランで美味しい料理と美味しい酒に酔いしれるのは最高の悦びと言えるだろう。
 
 終演後、私はいい気分でアリアドネの音楽を鼻歌で歌いながら、リンク通りを外側に渡り、ケルントナー通り沿いにある日本料理レストラン「千駒・優月」に向かった。
 
 とあるきっかけが縁となり、以来私はウィーンに行ったら一度は必ず歌劇場のすぐ裏にあった「優月」というレストランに通っていたのだが、残念ながら閉店してしまった。寂しく思っていたところ、ちょうど一年前の12月、偶然この「千駒・優月」を発見した。聞いたところによると、もともと「千駒」と「優月」は姉妹店だったが、優月が店を閉じたため、千駒がその名を取り入れたそうである。
 
 一年ぶりの訪問。そう言えば、前回もやはりF・W・メスト指揮による新演出公演だった。(ヤナーチェクの「死者の家から」)
 食事を注文し、ビールを飲みながら料理が出てくるのを待っていた時、お店の若旦那さんが声をかけてきた。
「お元気ですか?お久しぶりですね。一年ぶりくらいでしたっけ?」
 
 びっくりした。なんと、私のことを覚えてくれていたのだ!
 色々なお客さんが来るでしょ?日本人だってたくさん来るでしょ?
「よく覚えておいでですね!驚きました!どうもありがとうございます。」と照れながらご挨拶。
 
 なんとなく嬉しい気持ちになった。素晴らしい音楽、素晴らしい味、素晴らしい出会いと心遣い。やっぱりウィーンはいい街だ。
 
食事を終えて店を出ようとすると、女将さんと若旦那さんの二人が出口まで出て見送ってくれた。
私は告げた。「また来ます。必ずまた来ますからね!」
この約束は絶対に守ることができるだろう。なんたって、ほぼ毎年のようにウィーンに行っているわけだし。
 
若旦那さんが言った。
「あの、誠に申し訳ありませんが、実は2月はお店を改修する関係で一時閉店しますので、その時期でしたら、恐縮ですがお出直しくださいませ。」
 
い、いやあ、あの、その・・・さすがにそんなに早くは戻って来られないかと・・・(笑)。