クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2012/11/4 ウィーン国立 アンナ・ボレーナ

2012年11月4日  ウィーン国立歌劇場   東京文化会館
演出  エリック・ジェノヴェーゼ
ルカ・ピサローニ(エンリーコ)、エディタ・グルベローヴァアンナ・ボレーナ)、ソニナ・ガナッシ(ジョヴァンナ・セイモウ)、シャルヴァ・ムケリア(リッカルド・ペルシー)、ダン・ポール・ドゥミトレスク(ロシュフォール)、エリーザベト・クールマン(スメトン)   他
 
 
稀代の名歌手グルベローヴァの日本での最後の舞台はしかと見届けた。
彼女から日本の聴衆へ送られた最後のメッセージはしかと受け取った。
 
 ほとんどの観客はこの日が特別な日であることを十分に認識して公演に臨んでいた。最初から最後まで彼女のアリアに対して暖かいブラヴォーの声援を送り続けたし、カーテンコールでは客席は総立ち、ステージ上にも「我らのディーヴァ、エディタさん、32年間ありがとうございました。」と書かれた特大の横断幕が掲げられて、いつまでも果てることなく彼女の功績を称え、同時に別れを惜しんでいた。実は、私自身も上階席から降りてきて一階のステージ近くまで進出し、心を込めて拍手し続けた。(こんなことは滅多にやらない。)
 
 これほどまでに舞台と客席が一つにつながり、一人のアーティストに対して熱い喝采を贈った公演はほとんど無いと言っていいだろう。多くのファンが手を振りながら「エディタ!」と彼女の名前を呼んでいたし、涙を流している人も少なくなかった。
 
 このような美しい光景を見て、私は、ひょっとしてグルベローヴァ自身も感激して涙ぐむのではないかと思った。
 
 彼女は本当に幸せそうな笑顔で、ほんの一瞬感極まったような表情を見せたものの、最後まで気丈だった。大歓声に応えているその凛とした姿、振る舞いは、いつもの彼女とほとんど変わらなかった。本公演はオペラであり、他の出演者も大勢いる。そのことをわきまえ、喝采を決して我が物顔で独り占めしようとせず(声援のほぼ100%が彼女だけに向けられていたにもかかわらず、だ)、いつものように指揮者や他の出演歌手と手をつなぎながらカーテンコールに応えていた。
 
 グルベローヴァは最後の最後まで本物のプロフェッショナルであった。
 
 他の方のブログ記事やツイッターを眺めると当然のごとく絶賛の嵐だが、一方で、ひとこと「以前に比べて衰えたものの・・・」とかいうフレーズがやたら付いていて、気になった。
 そんなことはあえて言わなくてもいいじゃんか。みんな分かってら。聴いた人は気付いてる。年齢を考えれば当然だ。でもさ、この日我々は、彼女が全身全霊を捧げた歌手人生の全てを、集大成を目の当たりにしたんだ。それだけで十分じゃないか!
 
 グルベローヴァは、日本人のまごころの象徴である桜をとても気に入ってくれたそうだ。満開の桜を見たくて、来日リサイタルをわざわざ春に設定したことも何度かあるそうだ。
 
 世界の檜舞台を忙しく駆け巡った演奏家人生を終えたら、一人の人間として、観光客として、いつかまた日本に来てください。美しい桜を見に来てください。心よりお待ちしています。
 
 
 話を公演に戻そう。
 本プロダクションは2011年4月に新演出上演され、ネトレプコ、ガランチャ、ダルカンジェロという千両役者揃い踏みで大変話題になったものである。だが、現地ウィーンでは「歌手と衣装だけが豪華」などと揶揄され、演出的にはあまり高く評価されなかったようだ。
 こうして実演に接してみると、なるほど確かに訴求力が弱い。なぜ弱いかというと、このオペラの最も重要なポイントである「アンナとジョヴァンナの心の葛藤」の表現を歌手個人の演技だけに委ねてしまっているからである。別に読替えをやれなどとは言わないが、もっと鋭くドラマの核心に迫る方法、やり方があったはず。
 全体的に動きが少なく、登場人物も棒立ちが多いのだが、それが逆に功を奏して真ん中に立つアンナ役のグルベローヴァにスポットライトが当たったかのように見えたのは、怪我の功名、結果オーライだった。これがグルベローヴァ以外の歌手だったら、違う結果になる。
 
 その他の歌手では、ピサローニもガナッシも素晴らしく、この作品が最上級のベルカントオペラであることを見事に証明していた。
 スメトン役のクールマンも良かった。彼女は確か今年の4月、東京・春・音楽祭のタンホイザー(コンサート形式上演)で、当初のヴェーヌス役だったにもかかわらず変更で来日しなかった歌手だったはず。ウィーンを拠点に活躍中の若手注目歌手で、今回ようやくお披露目となったのはまことに喜ばしい。
(・・・と思ったら、新国立劇場のこうもりのオルロフスキー役で以前に来日していたことが判明。知りませんでした。以上、後から付け加えました。)
 
 指揮のピドは、本プロダクションのプレミエの指揮を担った人で、ベルカントオペラのスペシャリスト。さすがに的を射た手堅いタクトで、上演の質をがっちりと確保していた。