クラシック、オペラの粋を極める!

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METライブビューイング

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METライブビューイング 2010-2011
メトロポリタンオペラ
ワーグナー  楽劇ニーベルングの指環より序夜「ラインの黄金」(新演出)
演出  ロベール・ルパージュ
 
 
 20年以上もの間保持されていたメトの看板プロダクションの一つ、O・シェンク演出の指環(旧バージョン)は、いかにもメトらしく、豪華ではあったが原典に忠実で、それこそ超がつくほどのオーソドックス版だった。今や神話の物語をそのまま再現する演出などほとんど無いと言っていい中、これはこれで稀少価値があり、根強い支持があったと推測する。オペラファンの中には、「伝統的な美しい演出で見たい(へんてこな演出は見たくない)」と考えるロマンチックな人(つまり保守的な人)や、「初めて見るのなら、なるべく分かりやすい物を」と考える初級者・中級者がたくさんいるのである。メトのリングはまさにそういう人たちにうってつけ。私もそれは尊重するし、価値はしっかり認める。現に、多くの人にこの映像盤を推薦し、貸し出している。
 
(そういえば、新国立劇場の現代的でポップなトーキョー・リングを演出したK・ウォーナー氏、日本での講演会で来場者の一人から「変な演出ではなく、基本に忠実な指環を見たい」という意見を浴びせられたが、涼しい顔で一言「ニューヨークに行ってください。ぷりーず。」とかる~く受け流して答えていたのが痛快だった。)
 
 そのメトが、今回改訂新演出を出してきた。
 
「依然として保守本流の牙城を崩さないメトが、大胆なモデルチェンジをしてくるとは到底思えない。やるとしたら、基本に忠実な路線をしっかり守りつつ、最先端技術(舞台機構やCG映像など)をふんだんに使って、見た目あっと驚くようなプロダクションを製作するに違いない・・・。」
 
 私の読みは、ズバリ当たった。
 もっとも、そんなこと誰でも予想できることだったが。
 
 装置として何枚もの角度のついた板(巨大な木琴みたい(笑))を並べ敷き、それを釣り上げ、回し、ねじって空間を変化させ、さらに動きに反応するCG映像を投射して幻想的な舞台に仕上げる。冒頭のライン川の場面で、宙に浮かぶ3人のラインの乙女たちが登場した際は、さすがに私も「おお、こりゃすごいわい」と驚いた。
 この巨大な板は、場面の転換のごとに大掛かりな動きを見せて観客の度肝を抜く。オペラ史上空前とも言える壮大なドラマに相応しい装置。「ワーグナーが当時作りたくても作れなかった舞台を今ここに実現する!」と鼻息荒く語ったP・ゲルプ総裁はさぞやほくそ笑んだことだろう。
 
 だがなあ・・・。
確かに場面転換の時はすごいんだけどさ。転換が止まって、登場人物同士のやりとりのシーンになると途端に退屈になってしまう。なぜかというと、一人一人のキャラクターが今ひとつはっきりせず、さらに意味の込められた演技、動き、所作が乏しいのである。心理描写、人物の相関関係の浮き彫りがなんとも薄いのである。舞台空間の創造にご執心のあまり、歌手に対する演技指導、役作りまで手が回らなかったか。
 
 まあいい。そんなところもメトらしいではないか。観客はそれこそ大喜びだったし(これがまたいかにもメトらしい)、まだ4部作のうちの一発目だ。ここでダメ出しする必要もなかろう。
 
 歌手では、フリッカを歌ったS・ブライスが素晴らしい。も少しダイエットしてくれるとなお素晴らしい(笑)。あとはD・クロフト(ドンナー)、A・ディーゲル(フロー)、G・ジーゲル(ミーメ)が良かった。特にジーゲルのディクテーションはダントツで、まあドイツ人だから当たり前なのだが、さすがでした。ローゲがイマイチだなあ、と思っていたら、案の定カーテンコールで一人盛んにブーを食らっていた。
 
 ま、生で聴いたわけじゃないし、あまり細かく評してもしようがない。
 いずれにしても、続編に期待。ワルキューレは、ヨナス・カウフマンエヴァ・マリア・ウェストブルック、デボラ・ヴォイトなど国際級歌手が続々と登場する。ますますメトらしく華やかになりますね。