ニーベルングの指環4部作のチクルス上演を体験できる機会は滅多にない。
日本における上演史では、完全なるオペラによって上演された物(※)で、国内だと二期会が二十年をかけて行ったシリーズと新国立劇場。外来だとベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン州立歌劇場、マリインスキー歌劇場。以上5つだけと記憶する。
(※ コンサート形式上演や、折衷のセミステージ上演を除く。二期会についても、『果たしてそれがチクルス(連続上演)なのか』という意味でやや眉唾物だが。)
じゃあ海外に行けばいいかというと、それはそれで難しい。
なにせ4作品。たいてい少なくとも10日程度の滞在は必要とされるので、仕事を行っている身ではそれだけの連続休暇を取ることは非常に困難なのだ。
1996年、その4年前にプレミエ上演されたウィーン国立歌劇場のリング再演を観るチャンスがあり、頑張ってウィーンに馳せ参じたが、その時もやっぱり全部は無理で、ワルキューレ以降の3つに留まった。
それまで単発のかけらはそれなりに観てきたものの、結局、4部作一挙上演鑑賞を完全に果たしたのは、2002年のベルリン州立歌劇場(バレンボイム指揮、H・クップファー演出)が最初である。結構最近の話なのだ。
さて、今日は、‘指環の思い出シリーズ第4弾’として、2002年から2003年にかけて新演出として順次制作されたバイエルン州立歌劇場の指環について書こうと思う。
上記の通り2002年の2月に初めて指環全曲体験を果たし、興奮も冷めやらぬ中で、私は取り憑かれたかのようにすぐさま次のミッションにとりかかった。
バイエルン州立歌劇場がメータ指揮H・ヴェルニケ演出で新リングを作るという話を嗅ぎ付け、これに飛びついたのだ。
世界広しといえど、「ワーグナーの劇場である」と大見得を切って語ることの出来る劇場は、バイロイトの他にはここミュンヘンしかあるまい。改訂前のサヴァリッシュ&レーンホフのリングは実に素晴らしかったが、残念ながら生で上演鑑賞出来たのはラインゴールドのみだった。
後になって「残念、観れば良かった」と後悔するのはもうこりごり。P・ジョナス総監督とメータのコンビによる威信をかけたニュープロダクション。しかも演出家は当時欧州のオペラ界で非常に高い評価を確立していたヴェルニケ。素晴らしくないはずがない。期待に胸は高鳴るばかりだった。
2002年3月、ミュンヘンへ直行。さあ、新リングの幕開けだ。
実に意味深なラインゴールドだった。
舞台には劇場の観客席が置かれ、そこに正装をした観客が座っている。まるで鏡のごとく、あたかも実際の観客である自分たちを見せつけられているようだ。そして、その劇場とはまさに‘バイロイト祝祭劇場’に他ならない。
ワルハラ城への神々の入場場面では、しっかりと着飾った紳士淑女達のバイエルン州立歌劇場への入場映像が流される。
このリングには「オペラという成金趣味」と、「総本山を自認して浮かれるバイロイト」に対する痛烈な‘皮肉’が込められていた。神話の世界など皆無で、登場人物も全て現実的だ。
私は非常に戸惑った。これはヤバイと思った。
一方で、このアンチテーゼをこれからどのように進展させていくのかという興味は湧いた。
この新演出リング、一挙上演ではなく、二年をかけてほぼ半年ごとに一つずつ作られていく予定だという。私もその都度ミュンヘンに足を運びながら、今後の展開を見守っていくこととしよう。
ところが、事態は思わぬ方向へ転がってしまう。劇場側も予期せぬことであっただろう。
演出家ヴェルニケ急逝である。
満を持してのはずだったミュンヘン新リングはどうなってしまうのか・・・。