パリの雑踏から抜け出して電車で約40分、ベルサイユと並ぶ郊外の名所、フォンテーヌブローへ。
普通の人にとってはただの観光名所だが、オペラファンならヴェルディのドン・カルロ「カルロとエリザベッタが出会った場所」として思い出すことだろう。この旅行の直前にちょうどスカラ座の来日公演を見たということでナイスタイミング、アリアの旋律を口ずさみながら城に向かう足取りも軽い。
‘フォンテーヌブロー’イコール‘広大な森’と思われがちだが、少なくとも最寄り駅を降りてからお城までの約2キロの間は普通の市街地で、イメージとのギャップを感じる。お城に向かうバスは、そのままそこで暮らしている市民の足になっている。もちろん、更にもっと奥深く歩んでいけばイメージそのままの森も出現するのだろうが、半日程度の小旅行では難しい。
フォンテーヌブロー城。もちろんフランスが誇る栄華の象徴ベルサイユ宮殿にはかなわないが、このお城も十分に魅力的だ。壮麗な回廊、豪華な調度品の数々、調和の取れた庭園。中世封建時代を偲びつつ、ゆっくり散策して半日を過ごす。
市内で昼食を取ってから、パリに戻る。
オペラの公演は夜なので、午後のひとときを過ごす時間が十分にある。パリの北約4キロの郊外サン・ドニにあるサン・ドニ・バジリカ聖堂を訪ねた。初めての訪問。歴代フランス王の墓所だそうである。
地下にはフランス革命にて処刑されたルイ16世とマリー・アントワネットのお墓がある。
午後4時頃にホテルに戻り、一休みしてから昨日に続いてパリ・オペラ座へ。
まずはチケットを引き取らなければならない。もともと郵送されるはずだったが、手元に届かなかったのだ。
当日引き替えカウンターで担当者に予約確認書を提示し、上記の事情を口頭で伝えた。昨日はスムーズに再発行してくれたのだが・・・・この日の担当者はコンピュータ画面で確認した後、「ノー」と言ってきやがった。ほらほら出たよ、バカめ。
いきなり予想外の対応を取られると、焦り、とまどい、混乱するものだ。
だが、私は冷静だった。
というのも、「こういう事態が発生することを、予め想定していた」のである。っていうか「かなりの確率でそういうことになるだろう」と思っていたくらいだ。最初からフランスという国を信用していない。その程度の国だと思っている。
というわけで、私は用意周到に持ってきたクレジットカード明細のコピー(ちゃんと決済が終わっていて口座から引き下ろされていることを示す物-ご丁寧に予めその部分に蛍光ペンでラインマークを引いておいた)を取り出して提示。こういう事態になったらこう言おうと予め考え、丸覚えていた英語を駆使して一気に反撃開始した。
「あなた方、顧客管理のレジスター登録のデータベースをシステム改良したでしょ?その結果、私の住所の番地がいつのまにか抜け落ちたんですよ。チケットが私の手元に届かなかったのは、きっとそのせいです。郵送上の事故ではなくて、私はあなた方のミステイクだと思いますがね。ま、それはそれでいいとして、こちらはきちんと予約し、クレジットカードでちゃんと支払っているわけですから、チケットを受け取る権利があります。ただちに再発行してください。」
「だいいち、昨日はきちんと発行してくれたんですよ。どうして昨日がOKで、今日はダメなんですか?おかしいでしょう!しっかりしてください!」
担当者は私の話を黙って聞いた後、「おっしゃることは確かにそのとおりです。」と答えた。
私は「勝った!」と思った。
過去において、こちらは悪くないのにパニックと貧弱な英語ゆえに負けてしまった数々の苦々しい思い出が、ようやく水に流れた瞬間だった(笑)。
ところが、だ。
担当者は、再びコンピュータ画面に向かって黙々と作業を続けるものの、一向にチケットが出てこない。5分、10分・・・。たまらないのは、私の後ろで並んでいる人達だ。背中からいらついている様子がうかがえる。そりゃそうだろうね。
こういう時、後ろの人を他のカウンターにきちんと誘導してあげればいいのに、そういうことを全くしようとしないんだから、ダメだねぇ~。もっとも悪いのは私じゃなくてパリ・オペラ座なんだから、私は涼しい顔で自分の権利を待っているだけだ。
以上のすったもんだのあげく、15分後にようやくチケットが再発行された。やれやれ。
この後、私は昨日に続いて再び相棒のキャンセルチケットの売りさばきに入る。
確認したところ、今日も当日券が残っており、再びラストミニッツセール11ユーロチケットが売り出される。勝ち目無し。
このため、今日は当日券売り場前ではなく、正面入場入り口に立ってみた。
しかし、誰も買い求める人はいない。やっぱりダメか。
すると、一人の日本人が声を掛けてきた。20代の若者である。話を聞くと、オペラ好きというわけではないが、観光でパリにやって来て、物の試しに見てみようかなと考えたとのことであった。
私はセールスを展開。「お安くしますよ。私のとなりの席ですからご安心を。何なら、筋書きなどの解説もしてあげますよ。」
「これはひょっとして買ってくれるかも」そう思った時だった。彼が言った。「ところで、今日のこの公演、当日券ってないんですかねえ?」
私はうろたえた。「え? あ、ああ、当日券ねえ、どーでしょーねー。あるんですかねー。わからないっすねー。」
「ちょっと当日券があるか見てきますわ。無かったらまた戻ってきますんで、その時はよろしくお願いします。」
当日券売り場を探しに去っていく彼の後ろ姿を眺めながら、再び私の元に戻ってくることはない彼に、心の中で「さよーなら~」と別れを告げた。彼のような人にこそ、11ユーロチケットはふさわしいのかもしれない。
こうして今日も売りさばき失敗。二敗目。すまぬOくん。再戦の舞台はドイツにて。
この日の公演「セヴィリアの理髪師」のレポはまた後日。