2024年6月27日 メトロポリタン・オペラ管弦楽団 サントリーホール
指揮 ヤニク・ネゼ・セガン
クリスチャン・ヴァン・ホーン(バス 青ひげ)、エリーナ・ガランチャ(メゾ・ソプラノ ユディット)
ワーグナー さまよえるオランダ人 序曲
ドビュッシー ペレアスとメリザンド 組曲(ラインスドルフ編)
バルトーク 青ひげ公の城
出演歌手の歌唱を後ろの位置から聴きたくない。
歌っている歌手の背中を眺めながら鑑賞するのは耐えられない。
良席確保のため奮発はやむを得ず、ロイヤル・オペラ・ハウスよりも、ウィーン・フィルよりも、今年一番の大枚を投じた今回のMETオケ公演。駄演だったら目も当てられなかったが、その心配は全くの無用だった。投資額は大きな利回りが付いて、完全に回収した。断言してもいいだろう。おそらく本公演が、自分にとって今年の国内でのナンバーワンとなる。
13年ぶりの来日だという。
ということは、あの時だ。大震災と原発事故の惨事後に決行されたメトの引っ越し公演の時だ。
あの時、私はオペラ公演(「ボエーム」、「ルチア」、「ドン・カルロ」)に行ったが、コンサートも開催されたのだな。
自分が行ったメトロポリタン・オペラ管弦楽団のコンサートというと、2006年にまで遡る。随分と昔だ。
それにしても、さすがはメトの演奏会。オーケストラ・コンサートだが、全てのプログラムがオペラ作品関連。この日、サントリーホールはシアターと化した。
「青ひげ公の城」は、近年稀に見る名演だったと思う。
コンサート形式上演だというのに、演奏が舞台装置を作り、聴衆を暗い森の中に佇む古城へと誘う。扉を一つずつ開けていくごとに、情景がしかと瞼に浮かぶ。
湿気が漂う室内の息苦しさ、赤の色が滲む血の痕跡、広大な領土に射す一瞬の光の輝き、再び訪れる闇、うめき、ため息、絶望・・・。
音楽が、演奏が、これらすべてを表現しているのだ。
バルトークの音楽そのものがそういう風になっている、というのはきっとあるだろう。
だが、これまでにも何度もこの作品を鑑賞してきているが、これほどまでに情景描写に優れた演奏を聴いたことがない。
ということはつまり、ネゼ・セガンと両ソリスト、そしてMETオケが断然素晴らしいという結論になる。
ガランチャ、ヴァン・ホーン、二人が優れたアーティストであることは知っているし、言うまでもない。
それでも、二人の会話劇には背筋がゾクゾクしたし、引き込まれた。何という上手さ。
特にヴァン・ホーンは、立ち振舞からして色気があり、風格があり、知的で、歌唱も含めて痺れた。完全に役と一体化し、青ひげの深い絶望感の表現が絶品だった。
ネゼ・セガンは、改めてこの指揮者の溢れんばかりの才能を認識した。
コンサートでは、これまでフィラデルフィア管弦楽団の公演を何度か聴いているが、MET管との相性が遥かに良いと感じる。オペラ芸術を通じて築き上げてきた両者の関係が、今、最高潮に到達しているということだろう。