クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

ステファン・グールド

アメリカのテノール歌手、というより、世界的なヘルデン・テノール、ステファン・グールドが引退を表明したらしい。彼のエージェントが発表し、それによると、健康状態が理由であるという。

これは残念なニュースである。確かに、彼はこの夏のバイロイト音楽祭の出演をキャンセルしていた。だが、まさか引退を決断するに至るとは・・・。

エージェントの英語の声明文を読んだが、「unfortunately forced to cancel all upcoming engagements」とある。
直訳すれば、「残念にも、今後のすべての出演契約をキャンセルせざるを得なくなった」であり、文字どおりならば、あくまでも出演を予定している分のキャンセルであって、引退とは限らない。理由が健康状態なのであれば、回復しさえすれれば、またステージに立てる希望が見えてくるのではないか。我々とすれば、是非そうであることを願いたいもの。

一方で、その声明には「今後成し遂げたい希望として、若くて有能な歌手に自分の経験を伝授することに時間を注ぐこと」(There is still one dream he would like to fulfill: to have more time to pass on his experience to young talented singers)と加えられている。残された時間でやるべきことは少なくとも舞台復帰ではないことが伺われ、その意味では確かに引退なのかもしれない。


いずれにしても、我々オペラファンは偉大なテノールを失うことになる。
その昔、カラヤンと喧嘩したルネ・コロが、カラヤンへの当てつけで「世界でローエングリンを振れる指揮者はゴマンといるが、ローエングリンを歌える歌手はわずかしかいない」と言い放った逸話があるが、現代においても状況は変わっていない。グールドはそのわずかな一角を担い、貴重なトップ歌手として威厳を誇っていた。今後、世界の一流歌劇場がワーグナー上演で最高級の水準を確保したい時、テノール探しで一層困難に直面していくことだろう。


日本との結び付きも大きく、日本オペラ界に多大な貢献があった。
初来日は、おそらくだが、2001年のバイエルン州立歌劇場来日公演の「トリスタンとイゾルデ」。歌った役は、なんと「メロート」。

しかし、すぐにヘルデン・テノールとして頭角を現し、ありがたいことに新国立劇場に何度も出演した。
特筆すべきは、2015年から2017年にかけて制作された「ニーベルングの指環」(飯守泰次郎指揮)で、全4作品に出演したことだろう。ラインの黄金では、キャラクター・テノールとしてローゲを歌った。

リングの場合、G・フリードリヒの「トンネル・リング」とか、新国立の最初の制作「トーキョー・リング」とか、あるいは演出家「クップファーの・・」「シェローの・・」とか、愛称・呼称が付くことが多いが、この時の新国立リングは間違いなく「グールド・リング」だったと言えよう。私は当時、ブログで、「いっそのこと、グールドに新国立劇場史上初の『カンマー・ゼンガー』称号を与えちゃえ!」と書いた記憶がある。冗談ではなくマジでそうするべきと思ったし、それだけの価値と貢献があったと思った。

個人的には、圧倒的なワーグナーの諸役もさることながら、大好きなR・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネバッカス役と「影のない女」皇帝役で、傑出した歌声を聴かせていただき、特大の感動を与えてくれたことに対して、最大級の感謝を表したい。


まずとにかく健康状態の回復に努めていただきたい。もし万が一、従前の体調を取り戻し、気力が萎えていなかったら、是非舞台に戻ってきてください。きっと世界中が大歓迎するはずだから。