2023年5月25日 マーラー・フェスティバル Ⅳ (会場:ゲヴァントハウス)
指揮 クリスティアン・ティーレマン
管弦楽 シュターツカペレ・ドレスデン
合唱 ザクセン州立歌劇場女声合唱団、児童合唱団
クリスタ・マイヤー(メゾ・ソプラノ)
マーラー 交響曲第3番
ワーグナー、R・シュトラウス、ベートーヴェン、ブラームスなどコテコテのドイツ音楽の演奏において、他の追随を許さない保守本流の牙城、ティーレマン。
その一方で、カテゴリーとしてはドイツ系に含まれるものの、ボヘミア出身のユダヤ家系のマーラーについては、まったく演奏しないわけではないが、積極的に採り上げているとは言えない。
何か思うところがあるのだろうか。
マーラーは上記のようなドイツ作曲家とは系統が違う(正統ではない?)という認識なのか、あるいはスペシャリストのような指揮者がたくさんいるから、あえてその領域内のワン・オブ・ゼムになる必要はない、とでも考えているのであろうか・・。
いずれにしても、私自身も初めて聴くティーレマンのマーラー。はたしてどんな演奏をするのだろう。
今回のフェスティバルの中でも、彼が指揮するSKDの公演は注目の的、目玉の一つだったようで、チケットは他公演に先駆け、ソールドアウトになった。そりゃやっぱ、みんな聴きたいよな。
そのティーレマンであるが、別にマーラーだからといって特別な解釈もアプローチもしない、いつもながらの剛毅かつ骨太な演奏を繰り広げた。
それは、「ティーレマンのマーラー」ではなかった。
「ティーレマンの音楽そのもの」だったのだ。
それゆえ、マーラー独特の感傷性や精神性は微塵も感じられない。大袈裟に嘆いたり、耽美なメランコリーを強調したり、世紀末の予感を漂わせたりしない。スコアを掌握し、オーケストラにポリフォニックな構築の方向性を示しながら、「ここに入ってこい! あそこに向かっていけ!」と、身振りやポーズで指示を出し、強い推進力で音楽を導いている。
私は何だかホッとした。そして嬉しかった。さすがティーレマン。そう、これなのだ。これが彼の音楽。これでいいのだ。
ちょうど本公演と同時期タイミングで、今年の秋、ティーレマン&シュターツカペレ・ドレスデンの来日公演決定が発表された。
なんでこういつも11月に来日オーケストラが集中するんだよ、という嘆き節は置いておき、楽しみが増えたことは間違いない。
マーラー3番、やらないかな・・・。
いや、合唱の問題もあることだし、ここははるばるドイツまで駆けつけて聴いたのだから、自分だけのご褒美にさせていただいた方が、もしかしていいかな(笑)。