2023年4月3日 ザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー)
R・シュトラウス ばらの騎士
指揮 コルネリウス・マイスター
演出 ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク
カミッラ・ニールント(マルシャリン)、ペーター・ローゼ(オックス)、ソフィー・コッシュ(オクタヴィアン)、ニコラ・ヒッレブラント(ゾフィー)、マルクス・アイヒェ(ファニナル)、パヴォル・ブレスリク(歌手) 他
ラウフフェンベルク演出の「ばら」を観るのは、これで2回目だ。
1回目は、2007年11月、横浜。ゼンパー・オーパーの来日公演だ。東京公演(NHKホール)も含め、行った人もいらっしゃるだろう。この時の指揮者はファビオ・ルイージ。確か、ゾフィーが森麻季さんだったね。プロダクションの初演は2000年だという。
ちなみに、私がここドレスデンで「ばら」を鑑賞するのも2回目。1999年1月だったので、この後すぐに現行の新演出に改定されたということになる。この時の指揮者はマルク・アルブレヒト、演出はヨアヒム・ヘルツ。
ゼンパー・オーパーで「ばらの騎士」が非常に重要なレパートリー演目であるという、確たる理由がある。
それは、ご存じの方も多かろうが、ここドレスデン(宮廷歌劇場)が「ばらの騎士」の初演地だからである。1911年のこと。大成功を収め、その評判が伝わり、観客のために帝都ベルリンからドレスデンまでわざわざ臨時列車が運行された、というエピソードは語り草だ。
それでは今回の上演について。
まず、ラウフェンベルクの演出。
第一幕の舞台装置は、いかにも伯爵貴族の邸宅といった趣きで、確か来日公演のプログラムに解説されていたが、初演時の舞台デザインとのこと。ただし、登場する人物の衣装など、それ以外の要素は少しだけ現代に近づけている。
実はこの設定の時間差というのがポイントで、このオペラの重要な鍵となっている「時の移ろい」を視覚的に暗示させているわけである。
ちなみに第二幕以降は、初演時の舞台デザインではなく、セミモダンとなる。
それ以外の何か大胆な読替えの解釈が展開されるわけでもなく、全体としてはオーソドックス。現代的演出が蔓延るオペラ事情からすると少々物足りないが、逆にこういうオーソドックスタイプだからこそレパートリーとして長続きするというのがある。特にゼンパーは初演の劇場ということで、手堅く制作して伝統を堅持したいのかもしれない。
ティーレマンの代替となったコルネリウス・マイスター。彼はシュトゥットガルト州立劇場の音楽総監督だ。日本では読響の首席客演指揮者として何度か来日したのでお馴染み。昨年のバイロイト音楽祭の新バージョン「リング」で、本来振る予定だったピエタリ・インキネンが病気降板し、その代役を務めたこともニュースになった。ただし、あまり評判は良くなかったらしいが・・・。
そのマイスターが、シュターツカペレ・ドレスデンであるオーケストラを華麗に鳴らす。
何という絢爛。上手ぇ~。美しい~。すげー!
そりゃそうだ。シュターツカペレ・ドレスデンだもんなー。
スカラ座のヴェルディ、ウィーンのモーツァルトなどもそうだが、「オレたちの作曲家の作品」を得意気に演奏するのを聴くと、単純に「何だかんだ言っても、やっぱ本家本元は違う」と感じる。聴こえてくるのは、強烈なプライドだ。
マイスター、ピンチヒッターをまったく感じさせず、タクトは万全で、作品を完全に掌握している。譜面台の上にスコアは置いてあるが、ほとんど譜めくり作業を行っていないのである。
シュトゥットガルトの音楽監督を務めるくらいであれば、ドイツオペラを代表するこの作品を振ることなどお手の物、指揮出来て当然、ということなのかもしれない。
歌手たちも眩い。実に豪華だ。
ニールントは、貫禄が付いたなあ。
体型が、ではありませんよ。あ、でも、体型も、か(笑)。
いずれにしても、今、絶頂期を迎えていることは間違いない。
ソフィー・コッシュ。個人的に、世界最高のオクタヴィアン。フランス人だがドイツ語完璧。十八番は、このオクタヴィアンと、同じくシュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」の作曲家で決まり。ズボン役、ハマっている。最高絶品、素晴らしいの一言。
ベテランのペーター・ローゼは相変わらず健在。堂に入って存在感がある。オックス役は、2007年の新国立劇場でも披露済だね。
最大の発見はゾフィーのニコラ・ヒッレブラント。ゼンパーの専属歌手らしく、まだ若いが、スターの原石。開花する予感。「見つけた~!」って感じ。綺麗だし可憐だし(笑)。