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2022/10/16 N響 A定期

2022年10月16日  NHK交響楽団 A定期演奏会   NHKホール
指揮  ヘルベルト・ブロムシュテット
マーラー  交響曲第9番


特別な公演が成立するために、必須の物がある。
それは、緊迫感と集中力に満ちた会場の「空気」である。そして、その張り詰めた空気は、まさに会場に集った聴衆が作り出す物にほかならない。

この日のNHKホールには、これが備わった。95歳の奇跡の指揮者を迎え入れる体勢は盤石にして完璧だった。
すべての聴衆が全神経を傾けて老巨匠のか細いタクトに目を凝らし、一つの音も逃さぬように耳を傾ける。一つの楽章が終わり、一瞬の緊張が解けた瞬間、全員が一斉にほっと息をつく空気の振動さえ肌に伝わってくる。

このただならぬ雰囲気は久しぶりだ。滅多にない。私の長いコンサート歴の中でも、数えるほどしかない。
例えば、キャンセル魔で「本当に弾いてくれるのか?」と不安を抱き、ドキドキしながらステージへの登場を待ったベネデッティ・ミケランジェリのリサイタル。
あるいは、間違いなく神が降臨したギュンター・ヴァントのブルックナー演奏。

そして、忘れることが出来ない、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの演奏。
そう、あの「日本クラシック史に燦然と輝く名演」と讃えられた本公演も、ここNHKホールで、しかもマーラー交響曲第9番だった。


マーラー第9番は至高の傑作である。そして、名演が誕生する素地を有する作品である。更に、「人生の終焉」「告別」と向き合う曲である。
多くの聴衆は、このことを知っている。ブロムシュテットこそこの曲を振るのに相応しいと思い、このチャンスを逃したら次は多分もう無いとも思い、覚悟を持って公演に臨んだ。だからこそ、最大限の緊張感を保ち、老巨匠への敬意を捧げながら、一音に集中したのだ。


この異様とも言えるほどの張り詰めた空気を、NHK交響楽団の奏者たちが感じないわけがない。彼らもまた、全身全霊でマエストロのタクトに食らいついた。

タクトに漲る力は随分と衰えた。そこから発せられる電波はかなり微弱だ。
だが、問題は生じない。微弱だというのなら、アンテナを大きく広げればいい。
いや、おそらく、別に無理して大きく広げなくても、彼らは十分に受け取ることが出来る。
なぜなら、長年にわたって構築してきた指揮者とN響の強固な結びつきがあるからだ。彼らはマエストロのことを、マエストロがやりたいことを、理解しているのだ。

正直に言おう。
純粋な演奏水準において、究極絶品だったかと言えば、私にはそのように捉えられなかった。
だが、そんなことはもはやどうでもいいのである。
ブロムシュテットは神の領域に立ち入った。我々はそれを目撃した。

単なるエモーショナルなだけなのかもしれないが、芸術鑑賞というのは、そもそもエモーショナルなものである。そして、このエモーショナルな感興こそが、永遠の記憶として残り続けるのだ。