マルタ・アルゲリッチ様が5月に3年ぶりに帰ってくる。
コロナの影響で一昨年、昨年と来日が叶わなかったが、また日本のステージに登場し、演奏を聴かせてくれる。嬉しいニュースだ。
3月12日に東京公演と別府の音楽祭のチケットが発売され、これをなんとか確保した後、久しぶりに彼女が演奏したいくつかの録音を聴いてみた。
1960年のデビュー・アルバム、1965年の「幻のアルバム」と呼ばれる録音、1974年のラヴェル作品集、1978年・79年のコンセルトヘボウ・ライブの4つ。CDで立て続けに聴いてしまった。特に予定のない土曜日だったので、時間のゆとりがあった。
改めて唸ってしまった。凄え。傑出した才能、強烈なインパクト。
いや、凄いなんてもんじゃない。畏怖の念さえ覚える。戦慄震撼のピアニズム。コンセルトヘボウ・ライブのショパン「夜想曲第13番」、「スケルツォ第3番」、プロコの「戦争ソナタ」なんか、もう完全に神がかっている。ていうか、悪魔に取り憑かれてる。常軌を逸した桁外れの爆演奏。
デビュー・アルバムもかなり衝撃的だ。
1960年ということは・・・19歳!
信じられん。あれが19歳の演奏か!?
なんというふてぶてしさ。大胆不敵。ぶっ飛んでいる。
話に聞いたことがあるのだが、録音にあたり彼女は、タバコをスパスパと吸い、コーヒーをガブガブ飲みながら、「じゃ、3回通して演奏するから、あとはそっちで適当に編集してよね」って言い放ったのだとか。
マジかよ・・デビュー・アルバムを出す19歳のお姉ちゃんの態度、言葉かよ。
でも、アルゲリッチならさもありなん。これこそがアルゲリッチ。
もう一つ改めて気が付いて驚いたのだが、このデビュー・アルバム、一躍有名になったショパン国際コンクール優勝の、更に5年も前のものだということ。しかも、そのアルバムは、あの名門レーベル「ドイツ・グラモフォン」であるということ。
彼女について、「それまで無名の新人だったが、ショパコン優勝でその名が一気に轟いた」と思っている人は結構いると思う。
でも実際は、それ以前の10代の時、既に才能が見出されていて、名門ドイツ・グラモフォンとの契約を勝ち取るほどの実力を示していた、ということなのだ。
このアルバムのジャケット写真も良い。
愛嬌を振りまく笑顔じゃない。「どうか皆さん聴いてくださいね」みたいに商業的に媚びていない。音楽に没頭している素のままのアルゲリッチ。そこに天才ピアニストとしてのオーラがプンプンと薫っている。かっこいい。
このアルバム制作から60年が経ち、80歳のアルゲリッチ。
なんと80歳なのだ。普通なら、年齢による肉体的技術的衰えが否が応でも見え隠れする。演奏者はそれを熟成された奥深い音楽性でカバーする。そして、聴く側の我々も「そういうものだ」と納得する。
それでも、アルゲリッチ様なら、なお期待せずにはいられない。今もその凄さを聴かせてくれるに違いない。
なぜなら、彼女のピアノは今も昔も技術で弾いていないから。もっと言っちゃえば、肉体で弾いていない。内面から燃えて溢れ出る情熱というのは、年齢や技術を超越するのである。
アルゲリッチがアルゲリッチである限り、コンサートは絶対に凄いものになる。
80歳であろうが、ソロでなく協奏曲や室内楽であろうが、そんなの関係ない。