ボストン、初訪問である。
いつかはここに来なければ、と思っていた。もちろん、お目当てはボストン交響楽団だ。
ただし正確に言えば、ボストン響を聴きたいというより、ボストン響の本拠地シンフォニーホールに行ってみたかった。ここのホールは音響がなかなか良いとの評判で、その名を轟かせていたからだ。小澤征爾が長年ここで活躍していたので、なんとなく親近感もあった。
そんなわけだから、これまでもアメリカ行きを検討すると、いつも合わせ技でボストンにも行くことが出来ないか、探っていた。
一度、ニューヨーク+ボストンの旅行計画が具体化したことがあった。早々にボストン響の公演チケットを手配したのだが、後になって行き先をヨーロッパに変更してしまい、チケット代を無駄にしてしまった。今回ようやく初訪問が実現したというわけだ。
馴染みがあるのは多くの日本人プレーヤーが参戦しているMLBだろうが、私の関心はイマイチ。野球ならわざわざアメリカに行かなくても、日本でレベルの高い試合を観られる。日本は世界屈指の野球大国。だが、バスケやアイスホッケーはそうはいかない。
今回ボストンにおけるNBAとNHLのスケジュールを調べてみたら、バッチリ両方を連日で観られることが判明。思わずほくそ笑む。
こうして、ボストンでは昼にコンサート夜はゲーム、ニューヨークではオペラのマチネとソワレのダブルヘッダーという3泊で3公演2試合の豪華欲張りスケジュールが完成した。
3月12日午後2時、ニューヨーク経由の14時間フライトを経て、ボストンに降り立った。晴れてはいるが、寒い。気温は3度くらい。雪があちこちに残っていて、春はまだまだ遠いという感じ。
アメリカの歴史の出発点がここボストンだったということもあり、あちこちに由緒ある見所が散らばっている。見どころを徒歩で巡る「フリーダムトレイル」というのが有名で、ガイドブックにもそのルートが載っている。散策ならこれを参考にして回るのが効率的だろう。
ただし、全部を回るのはとても無理。体力的にしんどい。とっととショートカットを決め込む。そもそも重要なのは街歩きではなく、夜のNHL観戦。ここで消耗するわけにはいかない。
(これがもし夜の予定がコンサートだったら、そもそも街歩きをパスしてホテルで休息しただろう。スポーツ観戦は眠くなる心配がほとんどないのがいい。)
午後7時からの試合は、地元ボストン・ブルーインズ対タンパベイ・ライトニング。
日本人にとっては単なるマイナースポーツでしかないアイスホッケーがこちらではどれほどのものなのか、多くの人はピンとこないのではないか。この日、約2万人収容のアリーナはソールドアウトの満員御礼。会場付近にはダフ屋が出没。特別な試合ではなく、これが日常なのである。ブルーインズは名門で、4年前にはリーグチャンピオン(スタンレーカップ制覇)になったほどの強豪だ。
アイスホッケーは氷上の格闘技と言われる。ものすごいスピードで滑走しながら選手同士が激しくぶつかり合う様は迫力満点である。
試合は延長の末、地元ブルーインズが勝利した。
エキサイティングな戦いで楽しかったが、それと同じくらい面白かったのが会場の盛り上がり。プレーが中断するごとに会場に大音響の音楽が流れ、これに合わせてお客さんがノリノリで踊りだす。それをすかさず中継カメラが追いかけて、場内の特大モニターに映し出す。「自分を映してちょうだい!」と必死に踊ってアピールする人もいれば、不意にモニターに映ってしまい、慌てて踊りだす人もいる。
日本人だと、もし突然自分が中継カメラに撮られてしまった場合、よほどの目立ちたがり屋でないかぎり、困惑しながら照れ笑いを浮かべるか、せいぜい手を振ったりする程度だろう。
だが、陽気なアメリカ人は違う。「うわっ、映ってしまった!」と一瞬たじろぐが、次の瞬間、覚悟を決めて大胆に踊り始める。そこまでやるか、というくらい。しかも若者だけではない。いい年こいたおじちゃんおばちゃん、果ては「おいおいやめとけ、腰を痛めるぞ」というじいちゃんばあちゃんまでが、レッツ・ダンシング!なのである。上手に踊る必要は無し。目立てばいい。ウケればいい。こいつらにはエンタテーナーのDNAが組み込まれている。
このダンスはコンテストになっていて、モニターに映し出された人たちの中で特に会場を湧かせた人が「Today's FAN of the game」に選ばれる。この日の主役は、なんと、私の二列前に座っていた中年夫婦だった。茶目っ気たっぷりに踊った後、いきなり公然と抱き合って「ぶっチュー!」とやったのが思い切り評価されたようだ(笑)。やるねえー。
すぐにスタッフが席までやってきて、そこで即席の表彰式、記念品贈呈。私を含め周りのお客さんはやんややんやの大喝采。2万人の中から選ばれたのが自分のすぐ近くの人だったのには本当にびっくりした。もっとも、一番驚いたのは当人だと思うが。でも、一生の思い出になるだろうね。そして「楽しかったね。また会場に足を運んでみようか。」となるのだろうね。これこそが主催側の狙い。
それにしても選手だけでなく、お客さんまでも主役に仕立て上げてしまうこのイベント性。いやはや、さすがアメリカ。