オペラ会場のスフェリステリオ・アリーナ前に到着すると、そこには開演を待ち侘びるたくさんの観客がいるわいるわ。さっきまで閉店していた会場近くのカフェやバーがいつの間にかオープンしていて、軒先は多くの人で賑わっている。アリーナの入り口は入場を待つ人でごった返している。
いったいこの群衆はどこから湧いて出てきたんだ!?
旧市街の中で隠れていたなんてことはないよな。ホテルなんて数軒しかないし、町中を隈なく歩き回ってもほとんど人に遭遇しなかったし。
夏真っ盛りのイタリアは日が長く午後7時を過ぎても十分明るいが、開演となる午後9時にもなると蝉のしぐれも収まり、ようやく夕闇が迫ってくる。まさしく劇場内の照明が落とされて幕が開く瞬間そのもので、雰囲気は最高、こちらの気分も自ずと高まる。
ここで、会場となるスフェリステリオ・アリーナについて簡単に紹介しておこう。
ヴェローナ音楽祭の会場のような古代ローマ競技場遺跡かとおもいきや、それほど古くなくて1800年代建築物。円形あるいは楕円形ではなく、横長の長方形型。(ただし、観客席側が緩やかにカーブを描いている。)このため舞台は横にだだっ広い。背面は平たい壁なので、奥行きが制限されるなど舞台装置機構にはどうしても限界があるが、そうした制約条件下でいかにスペクタクルかつ創造性のあるステージを生み出すかが演出家の腕の見せどころとなろう。
舞台が横にだだっ広い一方で、客席側の奥行きは比較的近いため、正面席であれば「舞台が遠くてよく見えない、よく聞こえない」というストレスは感じない。むしろ屋外であるにもかかわらず音響は良いので、マイクによる拡声無しでも充実したオペラを楽しむことができる。反面、両サイドの席は「遠い、声が届かない」といった問題を抱える可能性があるが、そこで観たわけではないので実際には分からない。そうした席は当然のことながら、チケット料金は安い。
なお、今後マチェラータに行ってオペラを見ることを検討する人に一つアドバイスすると、昼間暑く、オペラが始まる頃も暑くても、深夜遅くなるに連れて気温がグッと下がる。涼しいどころか、下手すると寒くなるので、上着や引っ掛け物は必ず用意しておいた方がいいだろう。
前置きが長くなったが、それでは本公演について。
2012年8月11日 マチェラータ音楽祭 スフェリステリオ・アリーナ
指揮 ドミニク・トロッテイン
演出 セレーナ・シニガリヤ
こういうイベント型オペラの場合、来場するお客さんも一見さんや初心者が多いので、演出はどうしてもオーソドックスになりがち。だが、今回のカルメンは伝統的な基本路線は踏襲しつつも、随所に現代的なエッセンスが加えられていて、非常にセンスがいい。例えば、カルメンは携帯電話を握り、あちこちの男どもからのお誘い電話が引きも切らないといった様子で登場する。額にサングラス、肌からはタトゥーがチラ見え。現代にカルメンが生きていたら、きっとこんな感じなんだろうなと納得する。
舞台構造上の制約により状況描写や場面の変化を装置に頼ることが出来ないのであれば、代わりに小道具を使ったり、登場人物をどう動かしていくかで勝負するしかない。そういう意味において、実に巧みな演出であったと思う。いくつものフェンスを舞台に配置し、登場人物がそれらを持ち運び、動かすことによって劇中劇のような空間を創り出していたのは見事だった。
最終場面はあっと驚く新展開に。
ジプシー仲間の一人の男(アル中に設定)が密かにカルメンに心を寄せていて、彼女を遠巻きに眺めているという台本にない役を全幕を通して登場させ、あらかじめ伏線を張る。
そこへ、なんと、ミカエラ登場!
彼女は殺人を犯して呆然と立ち尽くすドン・ホセの右手からナイフを奪い取ると、すかさずそのナイフをジプシー男の手に握らせて罪をなすりつけ、その後ドン・ホセの手を引っ張って逃亡を図るところでジ・エンド。衝撃のクライマックス!うーん、そう来たか。こりゃまいった!
出演の歌手陣は、私が知っている歌手はロベルト・アロニカくらいだったが、皆十分に一定のレベルを越えている。ただ、コメントはそこまでにしておこう。イベントオペラで細かいことにツッコミ入れても仕方がないしね。
そもそも、初日ということで時差のせいで睡魔に襲われ、ところどころでウトウトしてしまった私には偉そうなことは何も言えない。