私はL・バーンスタインの現役姿を拝むことに間に合った世代の人間なので、「伝説」と誉れ高い1985年のイスラエル・フィルとのマラ9も聴いている。
もちろん、その時の雄姿は忘れ難い。
だが、まぶたに焼き付いている強烈な印象はというと、実は1990年7月に来日したロンドン響との公演なのだ。
その時のバーンスタインは、まるで病床から抜け出てきたかのように元気がなく、オーラがなかった。音楽も鈍重。ものすごいショックで、逆の意味で忘れようにも忘れられない。
そのバーンスタインは、来日公演からわずか3か月後、天国に旅立った・・・。
今回のヤンソンスの訃報に接し、私はバーンスタインと同じ苦渋の思いに駆られ、言葉が見つからない。
これまで数多くの名演に立ち会っているというのに、私が今真っ先に思い出すのは、今年6月ムジークフェラインで聴いたウィーン・フィル定期演奏会。
指揮台に上がるのもやっとこさという衰え。タクトに力はなく、覇気がない。振り終わって客席に体を向けることが出来ず、フラフラと倒れかかって、奏者に抱えられ、なんとか退出したという、目を覆いたくなるシーンが蘇る。
はからずも目撃してしまった魔の残像というのは、なんと恐ろしいことか。
ヤンソンスは2016年バイエルン放響との来日公演によるマラ9の演奏が壮絶だった。
これも、バーンスタインと同じマラ9の名演という語り草とともに、名指揮者の非情な運命が重なる。
それでも私は、そうした残酷な記憶を払拭し、美しかった数々の感動体験を思い起こさなければならない。
ヤンソンスは、自分の思い描いたとおりの音楽が鳴り響いている時、まるでオケの牽引を放棄するかのように、リズムや拍を刻んでいる右手の指揮棒を左手に持ち替え、おおらかな起伏や抑揚の展開に身を委ね始める。
ステージに光が差し込み、神の恩寵に満ち溢れたその瞬間、ヤンソンスは至福の表情を浮かべる。
この表情こそが、我々が脳裏に刻むべきヤンソンスの正しい姿なのだ。
日本人にとって非常に馴染みのある指揮者。バイエルン放響とロイヤル・コンセルトヘボウ管の首席指揮者として、それぞれのオケを交互にして毎年のように来日してくれた。
その多大なる恩とともに、名指揮者の偉業を永遠に称える。
どうか安らかに。天国では、数多の巨匠音楽家たち、天才作曲家たちが、手を広げてあなたを迎え入れようとしています。