1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から、明日で30年を迎える。
その明日、兵庫芸術文化センター管弦楽団は、そのメモリアルと、兵庫芸術文化センター開館20周年の記念を併せて、定期演奏会を開催する。
プログラムは、震災30年メモリアルの委嘱作品、そして、マーラー交響曲第8番「千人の交響曲」。指揮は、もちろん芸術監督の佐渡裕。
開演時間は、なんと、午後5時46分! 午前と午後で違うものの、地震が発生した5時46分に合わせているのだ。
本公演に私も行く。
「参列する」という言い方の方が適当だろうか。
開演のその時刻の際には、委嘱作品の演奏の前後あたりで、黙祷など何らかの祈りを捧げる時間が設けられることだろう。私も「あの時」に思いを馳せながら、厳粛な気持ちで臨みたいと思う。
30年前のその日・・。
埼玉にいた私は、そのニュースを呆然とした眼差しで見つめつつ、どこか「遠くの向こうで起こった出来事」のように感じていた。本当に申し訳ないことだったが、「ありゃまー、こりゃ大変だぁ・・」みたいな他人事だった。
なぜなら、関東に直接的な被害が及ばなかったからだ。そこらへん、思い切り地震の揺れに直面し、交通機関が全面的にストップした東日本大震災と決定的に異なる。
神戸に友人が住んでいた。
あとから聞いた話だが、彼が住んでいたマンションは、倒壊や損傷こそ免れたものの、タンスや本棚、食器棚などが倒れ、部屋は散乱し、グラスや食器類がすべて割れてしまったという。
彼の奥さんはポーランド人だった。
さすがにポーランドに住むご家族が心配しているだろうということで、故郷に一時的に帰ってもらうことにした。
その奥さんがワルシャワ国際空港に到着すると、なんと、現地のマスコミに囲まれてインタビューされ、ニュースとして取り上げられたとのこと。タイトルは「神戸在住のポーランド人の方が生還!(survive)」だったという。
自分とは直接関係がない災害だと思っていたが、実は、思わぬ形で関わりが発生した。
私は当時、住宅関連の仕事に従事していたのだが、被災し、親戚や知人を頼って埼玉に避難してきた人に空き家を提供する仕事に一部関わったのだ。被災した人からも直接話を伺ったが、当時の様子や状況を語りながら、身体が震え、涙が込み上げてくる感じで、想像を絶するとてつもない経験をされたのだなと思いやった。
2015年に神戸を訪れた。
震災の発生から20年が経ち、街の傷跡は見る影も無く、見事なまでに復旧されていたのを目の当たりにして、復興というのは必ず成し遂げられるのだなと、すごく感心したことを覚えている。
最近では、1年前に能登半島地震が発生した。復旧復興はまだまだ道半ばだろうが、とにかく前を向くしかない。その先には必ず明るい未来が待っていると信じたい。