クラシック、オペラの粋を極める!

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2015/9/20 ROHドン・ジョヴァンニ

2015年9月20日  ロイヤル・オペラ・ハウス   NHKホール
モーツァルト  ドン・ジョヴァンニ
指揮  アントニオ・パッパーノ
演出  カスパー・ホルテン
アレックス・エスポジート(レポレッロ)、アルビナ・シャギムラトヴァ(ドンナ・アンナ)、イルデブランド・ダルカンジェロドン・ジョヴァンニ)、ライモンド・アチェト(騎士長)、ロランド・ヴィリャゾン(ドン・オッターヴィオ)、ジョイス・ディトナート(ドンナ・エルヴィーラ)、ユリア・レージネヴァ(ツェルリーナ)、マシュー・ローズ(マゼット)   他


 さすが外来公演、さすがロイヤル・オペラ・ハウス。カンパニーとしてのレベルが純粋に高いと感じた。指揮者、オーケストラ、演出、歌手、すべてを含めた総合的な実力バランスに偏りがなく、グレードが高いのである。メトやスカラのような華やかさに溢れているわけではないが、ガッチリとした底力を感じさせる。そこには老舗のプライド、一流歌劇場としての風格が漂っていた。

 パッパーノの音楽が何と言っても手堅い。土台がしっかりしているという感じで、安定している。音楽に明確な方向性があり、クライマックスに向かってまっすぐに進んでいる。なので、退屈しないし、時間の経過が早く感じられたほどだ。
 何か特別なことをやっているようには見えないが、全体として統率されていることがひしひしと伝わる指揮者。この歌劇場はなんだかんだ言ってもパッパーノでもっているのだな、と実感した。

 歌手も総じて良い。ヴィリャゾンだけ体調不良の影響が出ていたのが惜しかったが、後の歌手は皆さすがの実力を披露していた。
 人から「歌手はどうだった?」と聞かれたら、「ダルカンジェロ良かった、シャギムラトヴァ良かった、ディドナート良かった、レージネヴァ良かった・・・以下同文」になってしまうという、なんともつまらん感想だ。結局、最初に書いたとおり、総合的にレベルが高かったということなのだ。

 演出も実に面白かった。
 流行りのプロジェクション・マッピングを使っていたが、別に見た目が面白かったわけではない。ただ単に「最新技術を使ってみました」で終わっていないのがミソ。プロジェクション・マッピングで何をやりたかったのかがきちんと示されていたわけである。

 以下はあくまでも私なりの解釈であるが、演出家の着目点は主人公ドン・ジョヴァンニではない。ドン・ジョヴァンニの犠牲になった数々の人たちである。
 犠牲になったということでは、直接的には殺されてしまう騎士長ということだろうが、演出家はさらに遡った背景にまで踏み込んでいる。これまで何千人と被害にあった女性たち。
「イタリアで640人、ドイツで231人、フランスで100人、スペインでは1003人ですぜ!」
 ドン・ジョヴァンニにしてみれば単なる数なのかもしれないし、カタログに掲載されているのは単なる名前でしかない。
 しかし実際は、名前という「文字」ではなく「人間」なのである。プロジェクション・マッピングを使って「記載された名前」をあえて強調していたのは、つまりそういうことだったのだ。
 示された犠牲者の名前、更には手籠めにされた上に殺されたに違いない女性の亡霊がドン・ジョヴァンニの行動に常につきまとう。しかし、奔放なドン・ジョヴァンニはそれが見えない。過去の連中のことなど何とも思っていないのだから、当然である。

 スポットを当てたのはドン・ジョヴァンニに翻弄された人たち。
 ドン・ジョヴァンニ以外の登場人物たちは「ドン・ジョヴァンニの犠牲者一覧」の一人として記されることを拒み、必死に抵抗するも、結局は一ページに書き加えられてしまった・・・ホルテンが描いた今回の演出は、私はそんな物語であるかのように見えた。
 それが証拠に、ラストの大団円では他の登場人物の方が影に回り、一方のドン・ジョヴァンニは地獄に落ちず、ただ佇む。悔い改めたかどうかは謎、というわけだ。実に意味ありげで、示唆に富んだプロダクション。こういう思い巡らせてくれる演出は、私は大好きだ。