クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2008/12/14 トリスタンとイゾルデ

イメージ 1

2008年12月14日 チューリッヒ歌劇場
ワーグナー トリスタンとイゾルデ(新演出)
指揮 インゴ・メッツマッハー
演出 クラウス・グート
ニーナ・シュテンメ(イゾルデ)、ミシェル・ブリート(ブランゲーネ)、イアン・ストレイ(トリスタン)、アルフレッド・ムフ(マルケ王)、マルティン・ガントナー(クルヴェナール)、フォルカー・フォーゲル(メロート)他


 今、時代の最先端を行くレジーテアターのトップ演出家って誰だと思いますか?
 ロバート・カーセンコンヴィチュニー

 いやいや、クラウス・グートだろう。

 ザルツブルク音楽祭でのモーツァルトのダ・ポンテ三部作やバイロイトのオランダ人などを筆頭に、ドイツを中心に大活躍の超売れっ子演出家だ。
 とにかく、積極的に読み替えを行う。私もDVDなどで彼のプロダクションをいくつか見たが、グートの素晴らしさはその洞察の深さで、単なるひらめきや思いつきで作品を作っていない。じっくりと作品を掘り下げ、読み替え、創造していくエネルギーがすごく、唸ってしまうのだ。この人の「リング」や「トリスタン」を是非とも見てみたい!と思っていたら、チューリッヒがトリスタンを採り上げた。行かずにはいられなかったというわけだ。(ちなみに、リングについても現在ハンブルクで製作中である。)

 今回のトリスタンも思いっきり大胆に読み替えられている。どんなだったか、ご説明しよう。ただし、解釈はあくまでも「私にはそのように見えた」というものでご勘弁願いたい。


 第1幕はマルケ邸の奥様の一室だ。イゾルデは冒頭から既にマルケの妻になっている。箱入りで世間知らずの田舎娘イゾルデは、あこがれと空想で社交界に思いを馳せているものの、実際には叶わずに部屋のベッドで悶々としている。そこに社交界の案内役として登場するのが白馬の王子トリスタンというわけだ。また、ブランゲーネはイゾルデの従者ではなく、イゾルデの分身であり、憧れや想像上の自分と現実の自分という対称性、二面性が表現される。

 愛の媚薬を飲み、トリスタンに導かれて社交デビューするイゾルデ。第2幕で愛を語り合う夜の場面は高級なパーティで、ワイングラスを片手に集う紳士淑女の中である。世間知らずの田舎娘から美しい淑女に変身したイゾルデはトリスタンに口説かれ、現実とあこがれの中で拒んだり、ためらったりしつつも、ついにトリスタンの腕に抱かれるところでマルケに見つかってしまう。(いや、ホントよく出来ている!)

 なんか、まるでエフゲニー・オネーギンみたいなのだ!もちろんイゾルデがタチヤーナでトリスタンがオネーギン。マルケ王がグレーミン公爵。果たして演出家グートは本当にオネーギンを意識しているのか、それともこっちの勝手な深読みなのか・・・。

残念だったのは、せっかくここまで快調に読み替えを進めていったのに、第3幕のクライマックスまで物語が持たなかったこと。やっぱり無理があったか?
 それでも、ブリュンヒルデの自己犠牲アリアで全ての呪いを帳消しにするがごとく、イゾルデの愛と死のアリアで大団円に持っていくことが出来たのはとにもかくにもワーグナーの偉大なる音楽のおかげだ。


 演奏面に移ろう。ニーナ・シュテンメのイゾルデが圧倒的。声はみずみずしく潤っていて麗しい。音楽もまさに完璧!!とにかく素晴らしすぎる!!私の彼女の評価はこれまで大関であったが、横綱審議委員会に是非諮問するとしよう!東アンゲラ・デノケ、西シュテンメだ。

 指揮のメッツマッハーはどちらかというとオペラ指揮者(前ハンブルク歌劇場、現ネザーランドオペラ音楽監督)なので、来日機会が少なく、日本では馴染みが薄いが、ドイツでは高い評価を得ている優秀な指揮者だ。この日の演奏も実に堅実で見事だった。

 他の歌手陣にも触れたいが、長くなったので残念だがここまでにしておこう。

 とにかく、忘れがたい、二重丸の一夜であった。