4月30日と5月1日の二日間は、オペラもコンサートも鑑賞せず、観光に専念する日に決めていた。
一体どうしたのかって?
まあはっきり言っちゃうとさ、5月1日に「観たい聴きたい」という公演がなかったんだ。この日はメーデー祝日で、そもそも公演をやっている都市が少ない。
ならばスパッと観光に切り替えてしまおうと考えた。何の問題もなし。
その後の予定として、私はオランダ・ベルギー方面に行くことに決めていた。
そして、どうせブルージュに行くのなら、ついでに、やっぱり美しい街ヘント(ゲント)にも久しぶりに行ってみよう。
ここまでドイツ西部に位置するケルンまで移動して来ている。ベルギーはもうすぐそば、目と鼻の先なのだ。
こうしてまずヘントにやって来た。
この時の出演キャストに、今をときめくK・F・フォークトとA・カンペが、お揃いで名を連ねている。
「こんなところに出てたのか?」
・・なんて言っちゃヘントの劇場に失礼だが、当時はまだ彼らも若手の部類に属し、キャリアを着々と築き上げている最中の時代だった。世界的な超一流歌手に到達してしまった今、彼らが再びここに登場する機会はもうないのだろう。
話が逸れてしまったが、14年前に訪れた際、ここの美しさに、めちゃくちゃ感動した。
残念なことに、この日、天気はすぐれなかった。曇り、そして雨。時おり雲の隙間から日が差すが、長くは続かない。
なによりも、寒い! 12度。これがこの日の最高気温だ。朝と夜は一桁に下がった。げげっ!
防寒対策はイマイチ。いちおう春用コートは持参していたが、十分ではない。
実はこの気温、旅行出発前の予報チェックで確認済だった。
でもね。
日本は既に初夏だし、ドイツでも20度前後になっていた。
「なんで今さら冬用対策しなけりゃならんのか? この予報はきっと誤りだ。そうだそうだ。」と、貴重な情報をあっさりと拒絶してしまったのだ。バカ。
シャツを重ね着して、観光を開始。
見どころはいくつもあるが、最も重要なのは聖バーフ大聖堂。ここに、ヤン・ファン・アイク兄弟が描いた祭壇画「神秘の子羊」がある。
これはフランドル絵画の最高傑作と言っても過言ではない。国宝級というより、世界の宝、人類の宝だ。この絵を見るだけの目的で訪れたっていい。実際、そういう美術ファンは少なくないだろう。
祭壇画の前に静かに佇んだ。絵は、鮮やか、厳か、繊細、緻密、そして神秘的。言葉を失い、時間を忘れて立ちすくんでいると、やがて自然と涙が落ちた。
「またこの絵を拝むことが出来た。何と幸せなことか。」
胸いっぱい、感無量の気持ちを抱きつつ祭壇画を離れると、入出口付近に注意事項が書かれたパネルが掲示されていた。入る前には気が付かなかった。
読んで、思わず天を仰いだ。
なんと、祭壇画はパネルごとに長期の時間を設けて大修復中。一番重要な子羊が描かれたパネル部分は、あろうことか、コピー、レプリカだってさ!うっそー!!
コピーに圧倒され、猛烈に感動し、涙をこぼした私。
くっそー、恥ずかしくて誰にも言えんわ、こんなこと。