ナタリー・デセイ(ソプラノ)、フィリップ・カサール(ピアノ)
シューベルト 歌曲集
プフィッツナー 歌曲集「古い歌」
グノー 「ファウスト」より宝石の歌 他
プログラムのテーマや構成、ステージ上の立ち振舞い、ピアノとのコラボレーション、歌唱テクニック、全身を使った表現力 - すべてが考え抜かれ、計算し尽くされ、そしてこれを完璧にこなす。
これぞナタリー・デセイだ。これこそが彼女の芸術の神髄だ。
ナタリー・デセイがオペラの舞台から卒業すると発表した時、にわかに信じられなかった。役になりきり、全身全霊で役を表現しようとする彼女は、根っからの舞台人に見えたし、彼女だってそのように自覚していたはずだ。
だというのに、舞台芸術の究極の形態であるオペラから離れるなんて・・・。そんなはずはない、そんなこと出来るわけない、と思っていた。
実際にオペラの世界から距離を置き、こうしてリサイタル公演を目の当たりにしても、彼女の取組や姿勢は、以前とまったく変わっていないように見える。
そういう意味では、もったいないし、残念だと思う。オペラのファンとして、当然の思いだ。
一方で、今回の歌唱を聴いていると、オペラを削って的を絞った分、集中力が増し、感覚が一層研ぎ澄まされているようにも感じる。
つまり、別にオペラという場でなくても、最高の歌唱芸術を提供することは可能なのだ。
(時代もやり方も異なるが、あたかもコンサート出演を拒んで録音の世界に自己表現の場を求めた孤高のピアニストG・グールドのように。)
ならば、彼女の信念、選んだ道を尊重してあげたいとも思う。
この日のコンサートのように、これからもナタリー・デセイでしか成し得ない歌を聞かせてくれるのなら、少なくとも私は満足だ。
ピアノのカサールの伴奏も、優しく、美しかった。単なる歌手との協演というだけでなく、歌手の声質にまで寄り添いながらピアノ音との融合を図るアプローチが、なんとも絶品だった。