指揮 クシシュトフ・ウルバンスキ
アリス・紗良・オット(ピアノ)
ベートーヴェン レオノーレ序曲第3番、ピアノ協奏曲第3番
ハンブルク北ドイツ放送交響楽団と言えば、G・ヴァントと来日した2000年11月の公演を挙げずにはいられない。この時の演奏は、私の生涯ベストテンにカウントするほどの超絶名演であった。だから「ハンブルク北ドイツ放送響」と聞いた瞬間、私はノスタルジックな追想タイムに突入し、しばし思考が停止する。
それが、なんとエルプフィルになってしまった。あれまあ・・・。「どこのオケだよ」って感じである。
近年ドイツでは、名称を変えて生まれ変わるオーケストラが増えている。未来に向けた新たな船出だと言えば聞こえがいいが、州政府や放送局の財政健全化を目的にした統廃合も少なくなく、手放しで喜べない内情があるのも事実。
それに、名称を変えるということは、まるで栄光の伝統と歴史を手放してしまうようで、率直に言って寂しい。日本では今だに旧名称の「フランクフルト放送交響楽団」「ケルン放送交響楽団」などと呼ばれているが、「もういい加減にさあ」と思いつつ、分からんでもない。要するにみんな愛着があるわけさ。
名称が変わるのも寂しいが、オーケストラ独自のサウンドが失われていくのは、もっと寂しい。今は国際化の時代だが、同時に個性の時代でもある。伝統の音色は、すなわち立派な個性じゃないか。
前置きが長くなったが、ということで聴いてみよう、北ドイツ・・・じゃないNDRエルプフィル。がっちりドイツ物で固めた良いプログラムだ。(「ハンブルクと言えばブラームスだろ」というツッコミは置いておいて。)
ベートーヴェンのレオノーレ。
尖っておらず、かといって軟(やわ)でもなく、しっとりとしたいい音だ。焙煎、燻製の匂いがする音。特に弱音がいい。小さい音であっても決して細くならない。
続いてコンチェルト。
ソリストがオーケストラに仕掛けを入れようと頑張るが、対するオケは泰然と構えて微動だにしないのが何とも面白い。紗良夫さんはそれなりに自分の音楽を披露し、音色もきれいだが、若干噛み合わなかったか?
メインのシュトラウス。
成熟した大人の演奏だ。ズシンと重量感もある。ただし、色彩感はそれほどない。シュトラウス特有の官能性もない。写実的というわけでもない。雄弁な言葉で語る音楽。まさに「ツァラトゥストラはかく語りき」の哲学的な演奏。説得力はものすごくあった。
こうして演奏から聴こえてきたオーケストラの特性。これらは若き俊英ウルバンスキの音楽なのであろうか。
いや違うと思う。
ウルバンスキの指揮はとても丁寧だった。良く聞き、バランスを取り、全体的にとてもまとまっていた。東響の金管を力を込めて鳴らしまくっていたあのウルバンスキが、である。
やっぱり、このオケの伝統サウンド、演奏スタイルに敬意を表していたんじゃないかと思う。オケの持ち味を引き出しさえすれば、自然に上手くいくと悟っていたのではないかと思う。
ということは、エルプフィルは名前が変わっても、大切にしているものは守られていると言えるのではないか。それならまずは一安心だ。
何度か訪れているが、最後に訪れてからもう10年が経っているハンブルク。懐かしい。船の汽笛の音。街を飛び交うカモメ。厚い雲に覆われ灰色のような空気の中に、レンガの赤茶色がきれいに映える。
また行きたくなった。猛烈に行きたくなった。ハンブルク。