クラシック、オペラの粋を極める!

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緊急事態時の指揮者

昨日、東京交響楽団のコンサートに行った。そこで、演奏中に事故が起こった。
前半のプログラム、シェヘラザードの第一曲中、4台備えたティンパニーのうちの1台の鼓面が割れたのだ。小さい順(高音の順)から2番目の物である。
 
勢いよく盛り上がっている場面、突然、破裂した異音が轟いた。いかにも鈍い、音楽的ではない音だったので、聴いていた私はすぐに「あ、打楽器が割れたな」と分かった。その打楽器群に目をやると、ティンパニー奏者が「うわっ・・」というしかめた顔をしていた。
 
演奏は続いている。指揮者は音楽を進めている。ティンパニー奏者がこれを止めるわけにはいかない。すぐに残り3台の太鼓の音程調整に取り掛かり、場を凌ごうとする奏者。冷や汗をかいている様子がはっきり見て取れた。
 
私は「いったいどうなるのだろう」と息を呑んで見守った。
奏者は残りの3台を使って被害を最小限に食い止め、音楽の流れを壊さないように、音程調整し、分からないけどひょっとして上手くごまかしながら、とにかく演奏を続けた。
 
もう私はこの瞬間から気になって気になって、音楽全体を楽しむことが出来なくなってしまった。
 
「果たして、これからどうするのだろう? 第一曲が終わった後、修理のために中断するのか、それとも最後まで残りの3台で代用して通すのか? 指揮者はいったいどのような決断を下すのだろう?」
 
私が指揮者だったら・・・第一曲が終わった後、ティンパニー奏者の所に直行し、演奏不能による中断か続行可能かを確認する。私が指揮者なら。間違いなく。
 
ところが、指揮者飯森氏はまるで何事もなかったかのように、ティンパニー奏者には目もくれずに、第二曲目を開始した。
これには絶句するくらい驚いた。飯森さん何を考えているのか? 何の問題もないと思っているのか? 本当なのか? それでいいのか?
 
音楽は続く。
ティンパニー奏者は努めて平静に演奏を続け、しかし、演奏の合間は常に自分の耳とチューナーを使って音程調整を行い、最大限の対処を行っていた。
 
すごい! 1台欠けても出来るんだ! これは超絶な凄技か? それとも、いざとなったら簡単に対処できる通常の技術なのか?
 
シェヘラザードの演奏がすべて終了した。上に書いたとおり、私はティンパニーのことが気になってまったく演奏全体を楽しむことが出来なかった。
 
指揮者飯森氏はタクトを下した後、大活躍するヴァイオリン・ソロを演奏したコンサートマスターを称え、起立させた。まあそれは当然だろう。
私が指揮者なら、その次にティンパニー奏者を立たせる。彼こそ緊急事態を救い、音楽の中断という最悪の事態を回避させた立役者だ。
 
だが、飯森氏は、通常のように木管ソロ奏者を立たせ、金管ソロ奏者を立たせ、ハープを立たせ、ルーティンの流れとしてティンパニー奏者と打楽器奏者を立たせた。
 
この時、私は確信した。
「なんたることだ! この指揮者、異変に気付いていない!!!」
 
照明が付き、休憩に入った。楽団員が引き上げていく。
おそらくステージ裏で関係者に事実を告げられたのだろう。再度飯森氏がステージ脇に現れ、修理交換のため残っていたティンパニー奏者と二言三言交わし、握手を交わした。その時の飯森氏の顔と口ぶりをはっきり観察したが、明らかに「ええ!?そんなことが起こっていたんだ! いやいやそれは大変だったねえ・・。」だった。(私は、たまたまはっきり観察できるような座席にいた。)
 
このやりとりを見た瞬間、私の飯森氏の指揮者としての評価が地に落ちた。
 
指揮者というのは、本番では緊急事態に陥らないようにコントロールし、陥った時には最善の対処を図るのが仕事ではないか。
指揮者というのは、すべてのスコアの音を理解していて、すべての音が聴こえているのではないか。
指揮者というのは、オーケストラプレーヤーが最高のパフォーマンスを発揮できるように、演奏中オーケストラを見回し、常にアイコンタクトを図っているのではないか。
 
指揮者というのはそういうことが出来る特殊な才能の持ち主だとてっきり思っていたので、とてつもなくがっかりだった。ド素人の私でさえすぐに気が付いたというのに・・・。指揮者は偉そうだが、結局美しい音楽に包まれて気持ちよく踊っているだけなのかこの野郎と思った。
 
後半のプロコフィエフは、心機一転、最高に素晴らしい音楽と演奏に私はとても満足したが、それはすべてオーケストラ奏者、合唱団、そして何よりも素晴らしい作品、それを作った作曲家のおかげだと心から感謝した。
 
 
2017年1月21日   東京交響楽団   東京オペラシティコンサートホール
指揮  飯森範親
合唱  東響コーラス
エレナ・オコリシェヴァ(メゾ・ソプラノ)
リムスキー・コルサコフ  シェヘラザード