クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

フランク ヴァイオリン・ソナタ

大学に入学するとさっそく管弦楽部に入部し、高校まで演奏していたトランペットからヴァイオリンに転向した。19歳で初めてヴァイオリンを手にしたのだ。
もちろん、遅いことは分かっている。幼少の頃からやっていた連中との腕前の差はいかんともしがたく、追いつくことなどとても無理だった。
それでもヴァイオリンを選んだのは、「たとえ初心者であっても、しっかり練習すれば演奏会のステージに乗れる可能性が高いよ。」と唆されたからだ。オーケストラにおいては、大勢の弦楽器奏者を確保することが喫緊の課題なのである。
 
努力の甲斐もあって、一年も経つとずいぶんと色々な曲が弾けるようになった。
そうなると、つい有名なヴァイオリン名曲に手を出したくなる。オーケストラ曲の練習の合間にソロで弾き、一人で勝手に悦に浸りたくなるのは、そりゃ人情ってもんだろう。
 
もちろん一年やそこらではまだまだ半人前。早いパッセージや重音奏法を要するような技術的に難しい曲は無理。
半人前でも、単に弾くだけなら出来そうな曲がある。
それが、タイスの瞑想曲、ベートーヴェンのスプリング・ソナタ、フランクのヴァイオリン・ソナタなどであった。もちろんその際、解釈や表現力云々は、当然のことながら堂々と横っちょに置いておく。
 
当時、我が管弦楽部では、定期的に行われる合宿の最中の恒例イベントとして、団内演奏会なるものを開催していた。「我こそは!」と思う人は誰でもエントリーして、仲間の前で腕前を披露できる。
勝手に随分と上達したと思い込んでいた大学二年生のサンジくんは、「よっしゃ、いっちょやったるか!」とソロ演奏に挑戦した。そこでチョイスした曲が、フランクのヴァイオリン・ソナタより第一楽章であった。
 
有名。旋律が美しい。テンポゆっくり。単音奏法のみ。
条件は完璧に整った(笑)。
 
練習の成果は上々。伴奏を務めてくれた同級生の女の子のピアノはお世辞にも上手ではなかったが、まあいい。許す。オレさえ目立てばそれでいいのだ。オレのヴァイオリンを聴け!ってなもんだ。
 
団内演奏会本番。
ピアノのイントロに続き、夢見るかのような美しい旋律を私が奏でる・・・はずだった。
美しい旋律は、まるでひびが入ったかのにビリビリと割れた。滑らかなレガートなのに、なぜかスタッカートのようにブチブチと切れた。
おかしい。どうしたのだ?演奏をコントロール出来ない。弓を弦にしっかり乗せているのに、なぜかその弓は嘲笑うかのように飛び跳ねる。まったくの制御不能。額から冷や汗がどーっと流れて来た。
 
いったい何が起こったかおわかりだろうか。
緊張である。
緊張で手が震えてしまったというわけさ。お恥ずかしい。
 
あまりの酷さに、自らの演奏中だというのに私は「あっちゃ~、だめだぁこりゃ~」と思わず喚いてしまった。こっちは真面目の大焦りだったが、この時会場からどっと笑いが起こった。
 
団内演奏会が終了し、引き続き酒宴が催された。
私は複数の先輩方に呼びつけられた。
「グラスを持って来い」と。
で、グラスを先輩に差し出す。先輩はニヤッと笑って、日本酒を並々と注ぐ。
「とりあえず、飲みな」と命令される。「あの演奏、なかなか面白かったじゃないか(笑)。」
あほったら、面白がらせるつもりなんか毛頭なかったんじゃい。
 
でも結果がすべて。赤っ恥の私は、もう黙って従うしかなかった。
言われるがままにグイっと一気飲み。すかさずまた注がれて「ホレ」。
 
ええーい望むところだわい、飲んだるわい。こっちだってヤケだ、てやんでい。
もうベロベロに酔っ払って、悪夢の演奏を忘れるしかなかった。
 
フランクのヴァイオリン・ソナタ。こんなにいい曲なのに、こんなに美しいのに、私はこの曲を聴くと今でもしょっぱい気分になる。