クラシック、オペラの粋を極める!

海外旅行はオペラが優先、コンサートが優先、観光二の次

2014/12/12 ファルスタッフ

2014年12月12日  フィレンツェ歌劇場
ヴェルディ  ファルスタッフ(コンサート形式上演)
指揮  ズービン・メータ
ロベルト・デ・カンディア(ファルスタッフ)、アレッサンドロ・ルオンゴ(フォード)、シー・イジェ(フェントン)、カルロ・ボージ(医師カイウス)、エヴァ・メイ(アリーチェ)、ラウラ・ポルヴェレッリ(メグ)、エカテリーナ・サドフニコワ(ナンネッタ)、エレーナ・ジーリオ(クイックリー夫人)  他
 
 
 新オペラハウス「オペラ・ディ・フィレンツェ」は、伝統的な馬蹄形ではないモダン劇場だ。コンサートや演劇、講演等にも活用可能な多目的ホールと言っていい。2階のバルコニーが左右両端から舞台近くまで迫る構造はこれまで本拠にしていたコムナーレ劇場に若干似てなくもない。
 劇場内はシンプルかつシックに落ち着いていて、逆に言うと華美な装飾を排している。日本人からするとどこにでもありそうなホールで何の違和感もないが、劇場に社交の場を期待する現地の富裕層ははたしてどう思っているのだろうか。
 広いロビーの一角に、昔の公演ポスターを掲示しているコーナーがあった。見ると、そのすべてが1970年代に音楽監督だったムーティ指揮の当時の物である。伝統を誇るフィレンツェ歌劇場にとって、ひょっとするとこの頃が絶頂期だったのかもしれない。
 
 さて、ファルスタッフである。
 客席に入った瞬間、目が点になり、呆然と立ち尽くしてしまった。舞台上がオーケストラコンサート用のステージになっていたからだ。
「あれぇ?? なんじゃこりゃ?」
 オペラじゃなくてコンサート形式上演だったのか? 自分の思い間違いか?
 
 いや、絶対に違う。勘違いでも見落としでもない。ロビーに掲載されている公演ポスターにもしっかりと「演出:ルカ・ロンコーニ」(※)と書いてある。
 
 改めてステージを見ると、指揮者の真横に台が設置され、そこに大きなアームチェアが置かれている。何らかの演出が展開されることは一目瞭然だった。
 
 もう、すべてが呑み込めた。
 間違いない。これはショーペロの影響だ。おそらく劇場の舞台技術スタッフがストライキを起こしたのだ。無事に公演が行われることになって「やれやれ」とホッとしたところで、とんでもない落とし穴が待っていた。
 
 そもそも開演時間の午後8時30分になっても、一向に始まる気配がない。午後8時45分になってようやくオーケストラがチューニングを始めた。これもショーペロの影響による遅延なのだろうか。
 
 指揮者メータが登場し、後に続いて支配人と思しき人物がマイクを持って現れた。案の定である。
 何を言い訳しているのかはもちろん分からないが、ぼそぼそと話すイタリア語の中から「ショーペロ」という単語を聞き漏らすことは決してなかった。
 
 とにかく不幸中の幸いだったのは、コンチェルタンテになっただけで、出演者は誰一人として落っこちなかったことだ。しかもオーケストラの後方にもひな壇を設けていて、指揮者の脇スペースと共に活用し、そこで歌手たちは各々演技をしながら歌う。舞台用の衣装も着用している。手に持てる小道具は使う。
 つまり、無いのは「装置」だけ。これなら、なーんも問題ありません。
 
 主役のデ・カンディア。
 本チクルスでは初日からずっとタイトルロールをA・マエストゥッリが務めていて、デ・カンディアはフォード役だった。最終公演であるこの日だけがデ・カンディアによるファルスタッフ。そういう意味ではセカンドキャストなわけだが、マエストゥッリのファルスタッフスカラ座の来日公演も含めて既にお馴染み。個人的にデ・カンディアの方に興味があったので、私はこのキャストで良かった。
 
 そもそも私はデ・カンディアという歌手が好きなのである。
 非常に安定した歌唱もさることながら、何と言っても演技が抜群に上手い。特にブッファでのすっとぼけたような味のある演技が最高だ。
 ならば、このファルスタッフでもきっと絶妙の存在感を見せてくれるだろう・・・と期待したのだが、全体的にちょっと硬い感じが・・・。もちろん悪くはないが、「さすがデ・カンディア!」と大向こうを唸らせるほどではなかった。
 
 うーん、そうなるとますますマエストゥッリの株が上がってしまう。ファルスタッフ役においてはもはや向かうところ敵なし。他の歌手では物足りなくなる。
 こうした風潮を打破できる対抗馬がデ・カンディアになると踏んでいただけに、少々残念な気分。たまたまであったと思いたい。
 たまたま・・・そうだ、きっとショーペロのせいだ。ようやく自分の番が回ってきたというのにコンチェルタンテに変わってしまって、きっと不貞腐れたのだ(笑)。だよねー!わかる。
 
 アリーチェのE・メイ。
 私は彼女のナンネッタを聴いたことがある。そうかあ、もうアリーチェなんだあ。
 そう言えば最近風格が出てきたもんなあ。髪の毛、銀髪に染めちゃって、それじゃちょっと老けた印象になっちゃうぞ・・と余計なツッコミすみません。歌は上々、演技は上手い、笑顔が相変わらずチャーミング。
 
 昨年のスカラ座来日公演と同一キャストが二人いた。カイウスのC・ボージとメグのポルヴェレッリ。二人とも堂々としていて、アンサンブルをガッチリと支えていた。
 シー・イジェとサドフニコワのカップルも好演で文句なし。
 
 メータは以前の来日公演でもこのオペラを振っているし(※)、昨年の夏のザルツでもこのオペラを振ったし、もう完全に作品を掌握し熟知していて、すっかりお手の物って感じ。ただし、あまりにも掌でコロコロ転がしているのが、かえって軽い印象を与えてしまうという諸刃の剣。
 でも、フィレンツェのお客さんはメータに暖かい。やっぱり「ノストロ・マエストロ!」(我らの音楽監督)なんでしょうねえ。
 
 
※ ロンコーニのファルスタッフと言えば、2006年フィレンツェ歌劇場来日公演の同演目が彼の演出によるものだった。
 だが、今回の本公演記録写真を見ると、来日公演の物とは異なっている。ニューバージョンだったのだ。そういう意味でもオペラ版を観たかった。残念。