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2014/9/27 ウィーン・フィル

指揮  グスターヴォ・ドゥダメル
リムスキー・コルサコフ  ロシアの復活祭序曲
 
 
 ブロムシュテットN響の超絶名演を聴いて帰ってきたばかりの今、その前日の公演について書くのはちょっと気分が乗らない。昨日はウィーン・フィルの絢爛絵巻にあれほど酔いしれたというのに・・・贅沢なことだが時間というのはどんどんと動いていくわけですなあ・・。
 昨日のうちに書いておけばもっと感嘆麗句の多い鑑賞記になったかもしれないが、以下、もし冷めた文になっているとしたら、それはそういうことでお許し願いたい。
ブロムシュテットN響、ホントすんごかったんだから・・・)
 
 さて、ウィーン・フィルシェエラザードというと、私は一枚のアルバムを思い出さずにはいられない。1980年代に録音されたプレヴィン指揮の物だ。ヴァイオリン・ソロはR・キュッヒル。10代の頃、私はこのレコード(CDじゃないからね、レコードだからね)をフェドセーエフ=モスクワ放送響盤と共に愛聴していた。エキゾチックで色気があって、そして上手くて・・・。
「やっぱウィーン・フィルはいいよなあ」などと感心しながらステレオに耳を傾けていたものだった。この盤はウィーン・フィルシェエラザード初録音だったとのこと。
 
 あれから30年経った今、シェエラザードウィーン・フィルの重要なレパートリーになっているかといえば、決してそうとは言えないだろう。
 だが、優秀な指揮者さえ得られれば、プレヴィン盤を彷彿させるようなエキゾチックで色気のある演奏をすることができる。別にロシア人指揮者じゃなくても全然構わない。ベネズエラ出身の俊英指揮者がまさにこれを成し遂げたのだ。
 
 グスターヴォ・ドゥダメル。前回の記事において「天才の天才たる所以をついに見つけた」と書いた。まだ30代前半の南米出身の彼が、早くも「次期ベルリン・フィル音楽監督の最右翼!」とまで言われるその理由が私には見えたのだ。もちろん何となく、だが。
 
 ドゥダメルのすごいところ・・・・いくつかあると思うが、私が一番強く印象に残ったのは、天下のウィーン・フィル奏者のやる気というか、「音楽したい」という欲求を最大限に引き出させるその‘くすぐり方’である。
 彼のタクトは非常にスマートかつエレガント。腕の動きはしなやか。特筆すべきは、決して大振りしないこと。若い指揮者であれば、自らのほとばしる情熱をオーケストラに思い切りぶつけたくなるだろう。
 だが、デュダメルはそうしない。包容し、それを優しく解き放とうとする。音楽的な高鳴りがもっと欲しい時、腕に力を入れるのではなく、自らの頭の中で想像力を更に増幅させる。手で引っ張るのではなく、懐を広げるのだ。何もブンブン振り回さなくても、オーケストラにはそれがしっかり伝わるのである。
 
 ドゥダメルにとって、タクトとは「オーケストラとイメージを共有する手段」ということではないだろうか。そして、それこそがオーケストラの可能性を無限に広げる役割を果たす。超一流オーケストラが彼を絶賛し、客演招聘を熱望する秘密はそこにあると私は見たが、いかがであろう。
 
 
 最後に本公演にて気がついたことを二つ。
 ステージに並べられていた奏者用の椅子、いつものサントリーホールの椅子と違っていた。わざわざウィーンからの持ち込みだったのだろうか。さすが世界のトップオーケストラともなると、ツアーの際は椅子までも持って回るということなのだろうか。
 
 もう一つ。
 弦楽器というのは二人一組でプルトを組んでいるが、基本的に内側=裏の人が楽譜をめくることをルールとしているオケが多い。ましてやコンマスは一番の格上。コンマス譜めくりするなんて、普通はあり得ない。
 でもこの日、コンマスシェエラザードでも素晴らしいソロを披露したシュトイデさんは、自ら譜めくりしていた。
なぜかって?
だって隣(裏)に座っていたのが、あのK氏だったからさ(笑)。