1984年10月のカラヤン指揮ベルリン・フィル来日公演の鑑賞記については、前回のブログで「いつかまたの機会に」と書いたが、やっぱりここで書いておこうと思った。しかし何と言っても約30年も前の記憶なので、さすがに詳細な鑑賞記というレベルにはならないのはご勘弁いただきたい。
1984年10月21日 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 東京文化会館
今、手元にこの時のプログラムを取り出してみた。
メンバー表に載っているベルリン・フィルの名プレイヤーの数々。
ミシェル・シュヴァルベ、レオン・シュピーラー、ローター・コッホ、ハンスイェルク・シェレンベルガー、カール・ライスター、ノルベルト・ハウプトマン、ゲルト・ザイフェルト・・・・。思わず「おおーーー!」と感嘆が漏れてしまう。
これより少し前に、画期的な事件があった。
「ベルリン・フィルのコンサートマスターに安永徹氏が就任」というニュースだ。日本人が世界最高のオーケストラを統率するリーダーになったというのは、日本のクラシック音楽界におけるエポックメイキングである。当時、小澤征爾氏がテレビのインタビューで「ボクがベルリン・フィルを振るよりも、何よりも、すごい偉業」と話していたことを思い出す。
1984年のベルリン・フィルの来日は、いわばその安永さんの凱旋公演、お披露目公演でもあった。私が行った10月21日の公演でも、安永さんがコンサートマスターを務めた。公演の時はそのことが当たり前だと思ったが、来日メンバーには他のコンサートマスターも含まれていて、実は公演によって普通にローテーションを組んでいたらしい。当たり前ではなかったということは後から知った。
いずれにしても、彼が舞台に颯爽と登場すると、一際大きな拍手が沸き起こった。
さて、注目のカラヤンである。
1908年生まれだからこの時76歳だ。指揮台に向かう足取りもかなり遅い。タクトをブンブン振り回す往年の姿は影を潜め、円熟の枯れた指揮者がそこにいた。東京文化会館の最上階から遥か遠くの舞台上に見たカラヤンは小さかった。その姿から、いわゆる輝き、オーラというものはまったく感じられなかった。(きっと、もっと良い席で、近くで見たら、異なった印象を受けたと思う。)
このように指揮者については、期待が大きかった分、正直拍子抜けした部分があったのだが、それを補って余りあるくらい驚いたのが世界最高の銘器ベルリン・フィルハーモニーだった。
さすがだった。これぞ本物と思った。次元が違った。音がうねり、ステージ上で渦を巻いているかのようだった。
特に、弦楽器の純度の高い金のような音に圧倒された。
この公演に臨むにあたり、私の興味はもっぱらドン・ファンとローマの松だったが、モーツァルトのディヴェルティメントで発揮された弦楽器の極上アンサンブルに、とにかく腰を抜かした。30年も前のこの公演を思い出すにあたって、今なお鮮明に記憶に残っているのは、実はドン・ファンでもローマの松でもなく、このディヴェルティメントにおける弦楽器の絢爛たる響きである。
ベルリン・フィルのヴィルティオーゾな合奏能力は、どちらかと言うと近代の作品の演奏に適していて、ことモーツァルトに関しては「ウィーン・フィルの専売特許」と勝手に思っていたが、決してそういうことはないと改めて思い知った。
ところで。
この日の公演のことではないのだが、この日本公演でちょっとしたハプニングが起こったのをご存知であろうか。
東京公演に先立つ大阪シンフォニーホールでのこと。プログラムはこの日と同じ物。二曲目、ドン・ファンの演奏の時。
御存知のとおり、ドン・ファンは、冒頭、弦楽器の素早いパッセージで開始される。当然、タクトもそういうスピードで振り下ろさなければならない。ところが、カラヤンは静かでなめらかな導入を示唆するタクトで振り始めたのだ。明らかな振り間違い。曲を勘違いしたようだ。(ドビュッシーの海と間違えたのではないかというもっぱらの噂。)
そのような合図では、普通はオーケストラは反応できない。だが、指揮者はタクトを下ろしてしまった。演奏を始めないわけにはいかない。
コンサートマスター安永さんが、指揮者に替わってオーケストラに猛然と合図を送り、無理やりドン・ファンの演奏を開始。同時に、演奏しながら指揮者に対しても口で「違います!」と注意した。(「シュトラウス!」と叫んだという説もある。)
当然、カラヤンは指揮を中断し、演奏が止まった。
私も約30年コンサートに通い続けているが、こういう振り間違いは一度も見たことがない。絶対にありえない光景である。しかもしかも、あのカラヤンが・・・。
この大阪公演については、テレビでライブ収録していて、後日に録画放送された。
こんなみっともない間違いを完璧主義者カラヤンが放送許可するはずがない。当然そこの部分はカットして、やり直しの演奏が放送された。
だが。この放送をビデオ録画した私は、その部分をしっかりチェックした。